The Moyurupen Street Journal for hatena

公平と正義の名の基に、時代の潮流を縦横無尽に駆け回ります。

iPhone文化の終わりの始まり。

2018年の秋に新たなiPhone三機種がお目見えする。
少し大きくなった感があり、世界的なシェアは15%ほどだが、
日本国内ではスマホの約50%のシェアを保ってはいる。
個人的には1992年のMac元年以来10年ほど、
数百万円ほど(会社は関心がなく)の私費を投じていたものだが、
アップルに振り回されるのに懲りてしまい、Windowsに切り替えた。
当時のアップルには経営危機が蔓延し、
マイクロソフトに支援を仰がざるをえない状況だった。
スティーブ・ジョブズが復帰してからは、アイディアとプレゼンのうまさから、
業績を伸ばし、時価総額100兆円までにのし上がった。
新しいIPhoneには魅力的なところがあまりないし、
かなり高額になっているのが気になる。
10万円以上もするスマホを持つ意味があるだろうか。
携帯端末にカメラ搭載など必要なのだろうか。
日本ではいまだに私のようにフューチャーホンを愛用する人が半数近くいる。
そのことに対して妙に安どする自分がいた。
KDDIdocomosoftbankとも4年縛り(docomoは2年?)がまだまだ続くらしい。
12万円が6万になるのだから、元をとるために4年縛りはどうしても必要なんだろう。
AppleへのiPhone上納金システムはもうやめたほうがいいんじゃないのか。
通信費を絶対安くさせない姿勢の原因はそこにある。
携帯大手三社の広告はすべて電通グループが仕切っているし、
読んでも買い手によくわからなくする広告手法は見えすいている。
そこに各種多くのオプション料金を乗せるのも問題だ。
携帯料金が安くならないはずだ。
世界的にはAndroidが85%なのに、Appleが日本だけ50%というのはおかしい。