The Moyurupen Street Journal for hatena

現代文明を震撼させ人々の六感を覚醒させる仁科広嗣のブログです。

「参議院選挙でのメディアの思考と行動における言語」

 毎回国政選挙の頃になると、担当政権への計らい(忖度)が顕著になる傾向がある。大手メディアは権力側の維持と反権力への姿勢を打ち出しておかないと、結果はともかく、己の身が危うくなるということにつながるという懸念があるからだろう。そこで、大手メディアの横並びの見出しを注視してみた。まるで、情報を共有しているかのようなひな形的な新聞の見出し、「自公が改選過半数の勢い」というキャッチコピーを裏読みすると、「自公が過半数を得るのは難しいがその可能性は排除できない」という意味にもとれる。つまり、改選過半数を得るのは相当難しい状況にあるということだ。
 ほかの例では、

1)あるドライバーがタイヤのパンク修理をしていたが、通りがかりの人が「大変ですね」と声をかけられ、当人は無言でそのまま黙って修理作業を続けていた。しかしその言葉の裏には「修理大変ですね。よろしかったらお手伝いでもいたしましょうか」という意味を含んでいる。つまり、見ず知らずのドライバーとのコミュニケーションをさりげなく発したいだけの習慣の言語とでもいえる。

2)お中元で、「つまらないものですが」という慣例言葉をよく耳にするが、その裏には、「いつもお世話になっているのですからこのお品を皆さんでお召し上がりくださいませんか」という気持ちが込められている。

3)ある青年が見合い相手の家で話が弾むあまり夜おそくまで長居をしてしまった。相手の奥方から「お茶漬けでもいかがですか」という意味を真に受けて馳走になったはいいが、翌日その家から縁談お断りの連絡があった。なぜなら、その真の意味は「もう遅いのでそろそろお帰り願えませんか」というものだった。その青年は見合い相手の家から人の常識度を値踏みされていたわけである。言語には裏と表があり、特にメディアの言語には注意深く読み解く訓練を日々怠らないようしたいものだ。