The Moyurupen Street Journal for hatena

現代文明を震撼させ人々の六感を覚醒させる仁科広嗣のブログです。元広告代理店クリエイティブディレクター

渥美マリさんに逢いたい。

 学生時代は(今でも)渥美マリさんの大ファンでした。大映最後の看板女優でしたが、いまでは消息が途絶えてしまっています。あの美貌とフェロモンは和製マリリンモンロー、ブリジッドバルドーともいわれていましたね。元大映宣伝部のかたが某ブログで渥美マリさんは体調を崩されて静養中とアナウンスしている。銀幕スターはベールに包まれているほうがより存在感がますという法則は未だにあるようだ。みうらじゅん美大の後輩だが、美大生出身者は苦労を知らない世間知らずでそれでいて自分は特別な存在だという意識が総じて高いようだ。自分はそういう風にはなれなかったし、人生での辛酸経験が多かったので、美大出身だが美大生に対する偏見は今だに持っている。つまり、芸術家になるには、美大の卒業証書は使い物にならないわけで、毎年何千何万もの卒業生が増殖している昨今においては、芸術家とはなんぞやと言う疑念は絶えずつきまとう。みうらじゅん渥美マリの論評は低俗性が先行し浅はかすぎるし奥行きが全くない。それで自己陶酔している神経が個人的には気に入らない。渥美マリさんに対する総合的で格調高い論評がもっとあってもいい。私は地方の高校を出てしばらくは暴走族まがいで不良だったが、21歳で大学にはいるまで上京して民間の会社で踏ん張って働いた。そこでは入社そうそうパワーハラスメントにあい三年間苦しい思いをした記憶がある。自分自身も相当生意気だったんだろう。自信喪失とフラストレーションが最高潮に達し、人生も終わりかなと思ったとき、渥美マリさんや若尾文子さんらの銀幕スターを観てなんとか立ち直った。だから、大映はなくなったが彼女たちは心の中で永遠に宿っている。1969年放映の「いそぎんちゃく」は彼女の初主演作の映画だが、1978年新聞連載した「黒革の手帖」を手がける松本清張氏が参考とした可能性はなくはない。渥美マリさんと言う存在は侮れないのである。