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仁科広嗣の「新歴史の研究」 ●THE NEW HISTORY EYES●

仁科広嗣の「THE NEW HISTORY EYES」は人類の史書を後世に残すミッションを帯びており、新しい視点での歴史の検証を追究していきます。<潮流戯画手帖>

「誤算だった裕仁天皇の聖断」

毎年8月15日を迎える度に考えるんです。
あの無益な戦争はなんだったんろうかと。
国家間で争うのは避けたいと思う人がほとんどだとは思いますが、
人が組織の中で動くとなると、意志決定の念が一人歩きをし、
間違った方向へむかうという教訓は人類の歴史に、
数え切れないぐらい遺されています。
昭和天皇の手記がマッカーサーの部下であるホイットニーの文書により、
機密解除になり公開されましたが、裕仁氏自身が日本国民に対し、
こんなにも偏った見方をされていたとは想いもよりませんでした。
1945年東京大空襲で焼け野原になった光景を、
裕仁氏は見に行かれてはいます。しかし、
相手国への一撃による有利な終戦交渉を目論むあまり、
トルーマン大統領の降伏の打診や、
近衛首相からの早期の終戦の忠告にも耳をかさず、
広島に第二総軍司令部を構え、
一億総玉砕戦法に打ってでてしまった。
多くの若者が特別攻撃隊や人間魚雷などで海に散りました。
私の祖父は上司の将校の命令で226事件での反乱軍に参加。
昭和天皇の裏切り?により逆賊になり、
生涯、裕仁天皇朝日新聞を憎んでいたそうです。
両者とも戦争の謝罪を未だにしてませんよね。
勝つ見込みもなく、敵国への一撃も不可能な状況を迎え、
ナポレオンに心酔していた昭和天皇には、
多くの国民の犠牲をどう見ていたか、ホイットニー文書ではその考えが、
よく現れています。
瀬島龍三氏をはじめとする大本営は、天皇の絞首刑を強く望むソ連に対し、
60万のシベリア抑留を差し出すことで、
皇室の維持の働きかけのツールとしたという噂は、
本当なのかは私は知らない。
地方都市がほとんど空襲の目にあい、しなくてもいい沖縄戦や、
落とされなくても済んだ広島・長崎への、
原子爆弾の悲惨を招く原因にもなりました。
最高司令官の責任は余りにも重く、国民より皇室の保証と、
国体の擁護にこだわった裕仁氏の胸の内は、
いかばかりだったのか。
遅すぎた終戦の決断は正しかったのかどうか。
靖国神社に祀られていない多くの非戦闘員。
その犠牲者の霊を弔うにはどうしたらいいのか。
戦争の悲惨さと最高責任者の罪は未来永劫残っていきます。