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仁科広嗣の「新歴史の研究」 ●THE NEW HISTORY EYES●

「THE NEW HISTORY EYES」は人類の歴史を360℃視点で深く追究していきます。    <潮流戯画手帖>

THE NEW HISTORY EYES...Vol.0032

THE NEW HISTORY EYES

Presented by hirotsugu nishina

 

Vol.0032…『戦前の国体と戦後最悪の国体の酷似にみる日本の惨状』

 

 

 新型コロナウイルスの感染者が全世界で一億五千万人を超え、死亡者も三百万人に達した。インドでは変異種のウイルスが蔓延し一日だけでの新規感染者が四十万人を超え、ワクチン接種が他の国より進んでいるのにもかかわらず感染爆発が続いている。2021年も五月に入り、日本では中途半端なコロナ対策が医療崩壊と政権への不信を生み、東京五輪でのIOCへの忖度から、緊急事態宣言の期間を短くし、そのツケがどんなに悲惨な状況を生んでも誰も責任を取ろうとしない国体は、戦前の大本営の立ち位置とほとんど変わっていない。検疫での対応が生温いことに加えて、国産ワクチン開発を怠っている現状では我々国民は座して死を待つしか無いのだろうか。年長者だからとって優先的にワクチン接種を受けられる保証もないまま、若者優先にワクチンを打つべしと言う議論もある。人命優先を考える場合、終活に勤しむ人々よりも将来国を背負っていく若者を優先した方が良いという世論が当たり前にならないとも限らない。このままワクチン政策が膠着していけば、死にゆく人々よりこれから生きて行かなければならない人を優先にしていく機運は止められなくなるかも知れない。はっきり言ってきれい事ばかり言ってはいられない。まさに世代間のサバイバル&クライシスだ。「2300年」というSF映画では30歳を超えると寿命を全うしなければいけないというストーリーから、今の地球の人口過多の調整役をウイルスが果たしているとは考えたくもないが、コロナウイルスが生き延びるためには人類の存在が目障りになっているかもしれないという妙な夢想を呼んでいる。コロナウイルスには果たして知的思考能力や防衛本能はあるのだろうか。ワクチンが開発されればされるほど変異種としての活動を活発化させるのは何故なのか。もはやIOCGHQに疑似化しJOCや日本政府を大本営と置き換えても誰も異を唱える人はいないだろう。行政府の機関が内閣人事法制で機能していないのは問題だ。各省庁の業務を民間に委託しその影響が悪く出ているし、持続給付金の業務委託企業が不透明だとか、GO TOキャンペーンで民間大手の広告会社に多額の公金が使われているという不条理感があっても、誰も責任を取ろうとしない。安倍元総理が2020東京五輪招致で汚染水のアンダーコントロール宣言が嘘でも招致が叶えば、その公言の責任を取ろうとはしない。福島第一原発トリチウムの海洋放流はそのときから計画的な戦略だったことがわかる。海外からの放流批判はごもっともであると言える。故ZAHA女史発案の新国立競技場は日本のレガシーになるはずだった。それが、日本のゼネコン利権の被害に遭い、押しつぶされてしまった。東京五輪の是非はもはや言わなくても分かっているという世論が大方を占めている。五輪の主催者はIOCだが開催責任国は日本である。リーダーがいない日本というのは実に残念だ。緊急臨時政府でも作らない限りこの先日本は持たない。日本人の身の置き所がなくなりつつあるのは誠に憂国と言うのにふさわしい。五輪などに命をかける政治家の動きがあればあるほど、その光景が強く映ってくるのは私だけだろうか。