道満丸と重家(鳴海院~謙信の詔)其の三 風雲急春日山城04
鳴海院様は輝虎様が亡くなられて二年目にして初めてご遺言の巻物を見せた。
拙者もやっと日の目を見ることができた。
主文と添え文が述べられている。
全て血書であった。
獅子の武将印、地帝妙、勝軍地蔵、帝釈天、妙見菩薩、輝虎様の印判。誰にも真似できない厳かな遺言である。
真に輝虎様の遺言状と呼ぶにふさわしい青苧の巻物であった。
「遺言。輝虎亡き後は次のように取り計らえ。
主文、
添え文、
- 春日山城で新たな幕府を開くべし。
- 鳴海金山や他の金銀を十分蓄え政や領民への大元とせよ。
- 交易を拡充し、大明帝国との交流を模索せよ。
- 天下布義で乱世を終わらせるべし。義輝様の意思を重宝せよ。
- 諸将への公平な恩賞を与えるべし。
- 領民の年貢は最小限とし、生活の安定を保障せよ。
- 阿賀北衆は春日山城を守り新たな国主の補佐をせよ。
- 内外の諸国とは和をもって対処し、上洛で幕府の布告をせよ。
- 武田氏、北条氏とは姻戚を結び共に栄えるべし。
- 道満丸の元服をもって全国の諸将をひとつに纏めよ。
源太殿は感涙にむせんでいた。
「亡き輝虎様の印判と書状じゃ。間違いない」
「そなたを調略した安田顕元殿は景勝殿との板挟みで自責の念で自害したそうじゃ」
「それは聞き及んでおりまする」
「だいぶ悩んでおいでだったそうな」
「そうでござりましょうな。安田殿の堀江宗親殿への調略で景虎様は鮫ヶ尾城で自害され申した。当然でござろう。裏では景勝殿と兼続殿が糸を引いていることは間者からの話でも分かっておる故。自分の思慮の浅さはかさに呆れておりまする。安田殿はわたくしめの命の恩人成れば、情を重んじたばかりに景勝側に組み従ってございます。顕元殿が景勝殿に誓紙を差しだしているとは存じませんでした。わたくしめは景虎様とはよしみを通じておりましたので、お支えしようと思うておりました。しかし亡き兄は元々景勝殿を慕っておられた故、わたくしめも悩みましたが、結果的には景勝殿に加担したも同じ。わたくしの罪は重とうごぞざりまする」
「源太殿、そなたのことはわたくしめが良う存じておるでな。その事はもう良いでは無いか」
「ハ、痛みいりまする」
「源太殿、兄上のご遺言どおり、我らは乱世を終わらせねばならぬぞ。春日山城に幕府を開くのじゃ。それには景勝殿と兼続を亡き者にしなければ成就できぬ。内外の諸将の協力も取り付けねばな」
「ハ、おおせの通りにござりまする」
「源太殿、ここまで来たら、亡き兄上の御遺言は全国の諸将に告げねば成らぬが、景勝殿の後ろには兼続が指をくわえてこちらへの罠を仕掛けているという噂じゃ。心してかからねばならぬぞ」
「とにかくこれからは道満丸様を旗印に阿賀北を取り纏め、春日山城を奪還して越後をお守りせねばなりますまい。なぁに、青苧と鳴海金山があれば越後は安泰でござる」
「そなたはあいも変わらず鞘には収まらぬ者のようじゃ。交易と周りへの感状の気持ちも忘れるではないぞ。皆をまとめ上げる器量は上々のようじゃ。亡き輝虎様がそなたを国主にと言われたことも一理あるでな」
「お戯れを。拙者はそのような者にはなれませぬ。道満丸様をお支えするのが天分と心得ておりまするゆえ」
「分かっておる。分かっておるが、亡き御屋形様はそなたのそういう所が気に入っておられたのじゃ」
「年が明ければ、景勝殿と兼続がこの阿賀北衆を攻めてくることは必定。加地城が修復するまで新発田の城で道満丸様と秀綱殿とともに足をお運びくだされ」
「そう気を遣わなくてもよい。城の修復は奸計なのであろうが」
「それは・・・こちらに赴く口実にもなりまするゆえ」
「道満丸が元服を迎えるのにまだ日を要するが、源太殿、それまで武術を身につけてやってほしいのじゃ。この先そなたの助けにもなると思うのだが、いかがじゃ」
「もったいないお言葉・・・かしこまりましてござりまする。・・・ですが、少々手荒になりまするぞ」
「構うことはない。手加減は無用じゃ。それに武術も良いが、道満丸を領民に紛れて農民や治水の役にも遣わしてはくれぬか。領民の日々の暮らし向きを体現させたいのじゃ。さすれば政の大変さも体で覚えてくれるはずじゃ」
「鳴海院様、以前からそう申されると思い、既に勤しんでござる」
「・・・さすがに源太殿でござる。亡き兄上がそなたを兄弟の様に慕っておいでであった訳が今更ながら分かったぞ。苦労をかけるな」
「滅相もござりませぬ。道満丸様こちらへ・・・」
「叔母上様・・・」
「道満丸や、治水に勤しんで領民の大変さはどうじゃ」
「は、身をもって領民の大変さを感じてござります」
「それでよい。源太殿もそなたは逞しくなったと言うておる。亡き景虎殿も喜んでおいでじゃろう」
「痛みいりまする・・・」
「おぅ、そうじゃ、源太殿、そなたに会わせとうお方が奥に控えておる」
「どなたでござりまするか・・・」
「お会いすれば分かる・・・」