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仁科広嗣の「新歴史の研究」 ●THE NEW HISTORY EYES●

仁科広嗣の「THE NEW HISTORY EYES」は人類の史書を後世に残すミッションを帯びており、新しい視点での歴史の検証を追究していきます。<潮流戯画手帖>

THE NEW HISTORY EYES...Vol.0003

THE NEW HISTORY EYES

Presented by hirotsugu nishina

 

Vol.0003…「日航123便と日米間基本OS戦争の相違関係」

 

 1985年の8月12日の夕方、私は国分寺の知人宅で夕食をとっていた。突然山梨方面からのけたたましい轟音が三多摩にも響き渡っていたのを今でもよく覚えている。雷にしては音が大きすぎると周りでは話し合っていた。一晩を過ぎニュースの報道から16時間が過ぎたあたりに、テレビでは墜落現場からの4名の生存者を救出している映像が流れていた。520人もの犠牲者を出しながら、4人の生存者がいたことは奇蹟だったと、いたく感動したことを記憶している。しかし、事故の原因や真相はいまだに確定していないようで、因果関係は諸説入り乱れ闇のなかに葬られている。当時首相だった中曽根氏は真実を知っているかどうかはしらないが、「このことは墓場まで持っていく」という意味深な言葉を残しているが、100歳を超えてとうとう三途の川を渡ってしまった。川の向こうでは520名の出迎えがいるとは知らずに。。。真相は闇に葬られてしまった。1)航空機整備の不調説、2)「シリモチ事故放置説、3」圧力隔壁爆発説、4)自衛隊のミサイル被弾説、など、どれをみてもそうとも思えるし個人的には納得はできないが、4)の可能性はあるように思える。以下は勝手な推測だが、個人的にはあり得ないことだとは思わないので推理をしてみたい。1984年に日本は純国産の基本OS「トロン」を開発し、世界標準採用を目の前にしていた。これに米国は後年スーパー301条を発令し、日本に対してトロン計画をやめさせた経緯は歴史書に記されている。当時はMACやウインドウズがまだ市場に出ていない時代でもある。1980年代は日本の半導体戦略は世界を席巻していた。世界的に無料のパソコンのOS組み込みにでもなれば、米国の産業は突然死を迎えるほどのショックを受けるはずだったが、敗戦国として右肩上がりの急成長だった日本に釘が刺されたという結果になった。日航123便には世界最高峰のトロン(Tron)OS開発者十数人(松下の社員)が搭乗していたという。彼らの死により日本のトロンOS計画は頓挫し、その後、ウインドウズ95やMACの台頭でITの世界はすっかり変わってしまった。真実の奥には必ず裏があり、表に出てはならないものあるようだ。政治的外交的要素に真実が詰まっているような気がしてならない。現政権が米国に忖度で表沙汰に出来ないという状況ならば、御巣鷹山の眠る犠牲者は浮かばれない。真相は絶対に明らかにしなければならない。