The Moyurupen Street Journal for hatena

公平と正義の名の基に、時代の潮流を縦横無尽に駆け回ります。

日本の行方

米国の文明的立ち位置は、歴史の檜舞台から自ら退き、
身の周りの保身を優先させ、
後は野となれという利己的なものとなったといえる。
未曾有の今の時代に、実業家が初めて大統領になった初の事例なので、
それが良いのか悪いのか私達には今は判断できない。
21世紀の第四四半期の評価は、
未来の歴史書が書き残すに違いないだろう。
ただ、推測や憶測、予測をすることは可能だろう。
いつの世でもその時を動かす歴史の牽引者はいるはずだ。
日本は見方を変えれば可能なのに、
いまそのリード役には不適格と言わざるを得ない。
森友学園加計学園と官僚・為政者との不適切な蜜月は、
多くの問題点を派生させている。
真実の程は時が解決してくれると思うので、待つしかないが、
有権者の関心度は高いと言えるので、次の総選挙では、
安倍夫妻や現政権への批判票は多くなるに違いない。
中東各地からの日本の難民対策が問題になっている。
難民申請者が10,000人を超えているというのに、30人未満しか、
許可しないのは国際的に見てもかなり批判されるだろう。
官僚側の頑な保身と面倒くさがり体質は、今後世界の問題となる。
それは避けられない。
国のシステムが綻びはじめている。何故なのか?
それは本来の保守中道政治が、偏向的な右派誘導になったからに他ならない。
例えば、戦後の世界秩序では、
敗戦国日本は日本国憲法の名において、進まなければならない。
いわば戦勝国に未来永劫監視されているわけで、
かれらとおなじ土俵に加わることは不可能にちかい。
良いか悪いか別にして、集団的自衛権戦勝国側かわからみれば、
戦前の旧日本軍の侵略的イメージを想起させるはずであり、
専守防衛に特化した世界戦略と中立平和外交こそが、
日本の生きる道であることは間違いない。
韓国内がいま騒然としている最中、長峰大使が帰任するのは、
日本の傲慢さを意味していると捉えられているが、私もそう思う。
慰安婦像とは誰が命名したのか知らないが、
旧日本軍の負の遺産として消え去ることはないだろう。
平和記念像というのが正しい名称なのかもしれないが、
名前などどうでも良いが、韓国民が納得してくれるには、
どうしたら良いのか日本政府は再考すべきだろう。
政府間で金銭的に解決しても収まらない理由に対処する必要がある。