道満丸と重家(鳴海院~謙信の詔)其の三 風雲急春日山城01
其の三 風雲急春日山城
天正六年の正月を迎えた。輝虎様は機嫌
が良くなっていた。三度目の上洛を勢いのあるうちにすべしと言う家臣の総意も取り付けたからである。
だが悲劇は前触れも無く訪れた。
三月九日には軍務会議の後、輝虎様は厠へ向かうが突然倒られた。
その後昏睡状態となり十三日に亡くなられた。
春日山城は騒然となった。
輝虎様の遺言状がなかったからだ。
その遺言状の在処は勘五郎のみが知っていた。
お家騒動の一部始終はおぼろげならまだ拙者の記憶の中にある。
景勝殿には輝虎様と景虎様への一方的な鬱積を抱いていた。自虐的な性格が突如攻撃的になり、自失の念に支配されていた。亡き輝虎様の景虎様への偏重的な扱いという誤解は取り除けなかった。輝虎様の遺言状を盗み見するまでは至って和やかだったが。
輝虎様は国主で何事も公平に見る方だ。景虎様は北条家からの養子だから気をつかわなければならない。後継者を決めるのには第三者の意見も必定。その点から見ても景勝殿は景虎様の後塵を拝していた。
輝虎様がお亡くなりになって十日ほどで、景勝殿は家督相続の書状を書き、その正当性を国中の大名に布告した。景勝殿と兼続殿は輝虎様の生前に内密で遺言状の内容を知ってしまったがために、書状の有無には躍起になるのは当然のことだった。事が日にさらされたら景勝殿と兼続殿は自滅からは逃れられない。それが奇襲作戦の行動につながった。
景虎様は遺言状のことは何もご存じなかった。だが、景勝殿と兼続殿への相互不信は日に日に高まっていった。
「兼続、御屋形様の亡骸はワシが計らうゆえ、まずは本丸と金蔵と武器庫を占拠せよ。景虎には一歩も立ち入らぬよう警告しておけ。上田衆で脇を固めろ。阿賀北衆には抜かりなく対処せよ」
「分かり申したが、景勝様、まずは御屋形様の遺言状を手にしませぬと」
「そうだったな。そうせよ」
「殿」
「なんじゃ、どうした」
「御屋形様の御遺言が消えてしまいましてござりまする」
「・・・どうしてだ。以前兼続とそっと見たではないか」
景勝殿と兼続殿は輝虎が内密に書いていた遺言状を毘沙門堂で盗み見をしていた。遺言状そのものである拙者はそのことを目にしている。
「小姓の勘五郎はどうした?」
「ハ、今城内を探しておりまする」
「あいつめ、何処ぞに隠れおったな。兼続、早急に捕らえるのじゃ」
「ハハー」
「御屋形様の書状を誰にもみせてはならぬ。兼続、良い考えはないか」
「こうなったら、しかたがござりませぬ。早急に殿が新しくお作りなされませ。それを国中に布告するのです」
「それで良いのか」
「よろしゅうござりまする」
「自信があるようだな。それで不都合は生じないのか」
「それは」
「それ見よ、偽りのワシの印判では世継ぎは無理と言うことでは無いか・・・」
「景虎殿も同じように為さっておりまするぞ」
「勝頼殿と上手く通じておるからのう。切り崩す策でもあるのか」
「春日山城の金銀で調略は可能かと存じます。領地も少しおわけいたしましょう。勝頼殿はさきの長篠の戦いで惨敗し軍資金も底をついておるご様子。早急に新発田長敦に交渉を任せましょうぞ」
「上手く行くのか?金で動くようなお方とはとても思わぬがのう」
「やってみなければ分かりませぬ」
「今日は何日だ」
「三月も中程になりまする」
「それではお前に任せる。明日にでも布告するのじゃ。伊達、北条、織田、武田、毛利、島津、長宗我部、全てにじゃ」
「ハ・・・」
「しかし兼続、御屋形様のご遺言の書状が先だぞ。あの書状があってはワシもお前も切腹ものじゃ。布告を出しても諸将は振り向きもせぬであろう。ワシは逆賊となる。まずは小姓の勘五郎だ。引っ捕らえろ。まだ城内にはいるはず。あの匂いで所在は分かるはずだ」
「ハ・・・」