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仁科広嗣の「新歴史の研究」 ●THE NEW HISTORY EYES●

「THE NEW HISTORY EYES」は人類の歴史を360℃視点で深く追究していきます。    <潮流戯画手帖>

日本の勇気ある五輪撤退というレガシー。(2021.4.17最終追記版)

『勇気ある五輪撤退という選択肢とレガシー』

 

 2021年の東京五輪の開幕まで残すところ100日を切ったというところで、コロナ感染の拡大は日に日に増している。中途半端なコロナ対策のツケが回ってきたという政府への批判は誰しもが思うところだ。政権与党の議員や各省庁の役人がこぞって多人数での宴会や会食にいそしんでいる光景は、不本意な自粛生活に疲弊している国民への挑戦でもあるし、国家の無責任体制の有り様をさらけ出していると言って良いだろう。吉村大阪府知事の自慢と実績を誇らしげにヤッテル感を演出している姿にも見飽きてしまった人も多い。メディアへの過度な露出は自粛して感染抑止への裏方役としてもっと地道に奮闘するべきだ。聖火リレーはナチ政権下でのベルリン大会から始まっているが、無味乾燥な聖火リレーイベントは116億円もの五輪予算を使い切りたい電通グループの思惑は見え見えだ。国内の五輪スポンサーには大手のメディアも加わっているがこれには大きな不条理感がある。公平な五輪報道への国民の信頼感も失う可能性は大きい。IOC側はあくまで強行開催を打ち出してはいるが、内心は中止したいだろうと推察する。IOCからの中止宣言をする前に日本からの開催辞退を誘おうとしているのかも知れない。バッハ会長は5月に来日の意向を示してはいるが、感染爆発のさなかでは難しい。数ヶ月前、森東京五輪組織委員会会長の不適切発言から派生したポスト交代劇は密室での結果に終わった。現役の五輪担当大臣がその後を継ぎ、元五輪担当大臣が復活し、都知事・五輪組織委員長・五輪担当大臣が全て女性となった。IOCのバッハ会長も承諾はしたが、五輪開催の是非はパンデミックの勢いから見てもかなり厳しい。2020年にネアンデルタール人が6万年前に絶滅した背景に、ウイルスへの重症化を唱えた学者がいた。あくまで仮説だが、そのDNAを持った新人類(クロマニヨン)がアングロサクソンの末裔に長く住み着いているという。今度は軽症化する遺伝子も存在するという学者の仮説も表れているが、アジア人種の重症化率が少ない理由はどこにあるのか究明する必要はある。正直な話、商業化を急ぐワクチン供給会社に歩調をあわせる専門家の発言も多いが、客観的に検証することは大事だろう。日本のワクチン外交は今後悲惨を伴う結果になることは目に見えている。国産のワクチン開発に資金をあまり投じてこなかったツケが回っているかもしれない。治験での結果に慎重すぎる面も否定は出来ないが、それが海外からのワクチンのおこぼれちょうだい外交になるしか手がない大きな原因だ。1984年のロサンゼルス大会から五輪の商業化に拍車がかかり今日まで至っているわけだが、例えば米国NBAのドリームチームの選手が参加して金メダルを取り、日本プロ野球の選手チームがメダルを取るとすると、アマチュアリズムが根底にあった五輪の基本的理念が崩壊するのは当然といえる。スポーツマーケティングという言葉を聞いて久しいが、余りにも商業主義や利権に群がりすぎたIOCにも問題がある。2020東京五輪のプレゼン通りにロードマップを歩まなかった日本にも重大な責任がある。イベルメクチンなどの特効薬候補がありながら、法律的にアタはまらないといって緊急的使用の超法規的判断を避けている政府にも問題がある。来日する五輪の参加アスリートや五輪関係者にはワクチンの優先接種と14日間の隔離免除もあるという。あまり言いたくはないが、コロナ禍での五輪強行開催は「悲劇的五輪」、「殺人的五輪】と称される可能性はあるかもしれない。人命尊重を考慮にいれるのなら、日本は勇気ある撤退も視野に入れておくべきだ。その決断は莫大な経済損失を生むが、それは未来に対する人類の大きなレガシーになるに違いない。