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仁科広嗣の「新歴史の研究」 ●THE NEW HISTORY EYES●

仁科広嗣の「THE NEW HISTORY EYES」は人類の史書を後世に残すミッションを帯びており、新しい視点での歴史の検証を追究していきます。<潮流戯画手帖>

THE NEW HISTORY EYES...Vol.0015

THE NEW HISTORY EYES

Presented by hirotsugu nishina

 

Vol.0015…「2032夏季五輪はインドのムンバイ」

 

 2020年の米国大統領選挙の3回目(二回目は中止)のTV討論会が終わり、11月3日の投票日を迎えることになったが、期日前投票が前回の八倍という状況はコロナ禍による有権者の生活への切実さが見て取れる。アクシデントが無い限りジョー・バイデン氏が勝利する確立が日に日に高まっている。米国がひとつに纏まるのにはそれなりの最高指導者の資質に掛かっていることだけは間違いない。ドナルド・トランプ氏は1920年世界大恐慌時でのフーバー大統領(実業界出身)に似ているところがあるが、この4年間の軌跡を見てみると、進化の程はうかがえないし再選しても合いも変わらずの政の連続となると私は見ている。自身は米国の市民ではないので有権者の心情はよく分からないが、傍観者的立場からしてもそんな予感が走ってくる。国家間の対立や個人的な過激な闘争戦略では絶対に共感や相互の信頼は生まれない。何事も仕掛けた側は結局必ず不利になり、相当な打撃を受けることになるのは歴史が証明している。やられたらやり返すというのは人間の性であり、そこから逃れる事は出来ない。某TVドラマで1000倍返しと言うフレーズが街角を闊歩していたのを目に留めたが、日本人は旧日本軍の真珠湾攻撃で仕掛けた見返りが、広島・長崎への原爆投下という1000倍ものホロコーストを生ませてしまったことを忘れてはいけない。イスラエルパレスチナイスラム国の台頭や米国とイラン・イラク・アフガン戦争などのように、憎悪の連鎖は止まるところを知らない。誰かが歯止めをかけなければ人類は滅亡する。ドナルド・トランプ氏をはじめ、私たちにはそのことを目にする勇気と覚悟はあるのだろうか。戦後日本は、国際社会でのイベント参加には大きな制限があったが、1951年のアジア大会で日本の出場の機会を与えてくれたのが他ならぬインドだった。そのおかげで翌年のヘルシンキ五輪で日本は出場でき、インドには大きな借りがある。2021年の東京五輪はコロナ禍で中止という公算が大きくなり、IOCも来年の早い時期に五輪中止の決断をするとみられている。2024年はフランスのパリ、2028年は米国のロサンゼルスでの開催が決定している。日本は2021年の東京五輪が幻に終わった場合、2032年の招致を目論んでいるというが、それも幻に終わりそうだ。インドはムンバイでの開催を熱望しているからだ。インドネシア・オーストラリア・北朝鮮と韓国の共同開催なども招致を考えているので、日本は2021年の見返りに2032年での日本開催という考えがあっても、日本はインドでの開催支援に一票を投じなければならないだろう。そうなると、日本が再三五輪開催招致活動をするのならもっと後になる。もっとも、その頃の日本は世界の最貧国になっている可能性もあるので、五輪開催どころではないかもしれない。それだけ、日本は国家百年、二百年の計を押し進める盤石な羅針盤と強いリーダーの出現が切望されているわけだが、安倍第三次(菅)政権の有り様を見ていると、今の日本には全く期待できない。2013年の招致プレゼンでは日本のトップリーダーが、原発事故の汚染水対策は完璧にアンダーコントロールされている、と言い切ってしまった。2022年で汚染水タンクが満杯になり海洋放流という愚挙に出ると、招致プレゼンでの安倍首相の発言は嘘だったということになる。今思えば2020年の五輪招致では辞退して、明治以来の友好国のトルコ・イスタンブール禅譲すべきだったのだ。東日本大震災の復興が未だに道半ばを考えれば、どうしてもそう思わざるを得ない。

 今年も日本は核兵器禁止条約に反対した。その理由として、米国の核の傘にいる以上、禁止に賛成すると安全保障での整合性がなくなるというが、とんでもない考えだ。NOと言えない日本がいまだに制空権を持てず、真に独立出来ない大きな要因ともなっている。日本国憲法を遵守する自衛隊専守防衛体制は日本を守ってくれる唯一の核抑止力ともいえるが、敵基地先制攻撃能力の保有は国連の常任理事国からみれば、敵国条項に抵触する危険性がある。例えばMRJ(三菱のスペースジェット)エンジンは外国との共同開発の産物で、箱物だけのジェット機となったがそれは純国産とはいえない。マスメディアはジェット機の組み立てただけに過ぎないのに国産初のジェット機扱いとは恐れ入る。日本初のステルス戦闘機「心神」は飛行実証を終えたが、F22を凌ぐ純国産エンジンに目を見張る米国にとっては第二のゼロ戦というイメージが湧いてきているに違いない。それ故、共同開発として圧力をかけMRJのように日本の戦闘機開発を暗に骨抜きにさせようとしているという疑念は消えていない。戦後日本は、米国から戦闘機の製造を禁止されているようだが、禁止はされていなくても常任理事国側からは当然監視はされている。日本の常任理事国入りは中国やロシアの反対で国連の国際秩序のなかでは叶うはずがない。逆に言えば航空機製造の潜在能力がある日本は戦後75年経っても米国などの常任理事国側にとっては脅威である証でもある。1964年での東京五輪は真に戦争の反省と平和への祈りが大きなテーマとなっていたが、2020東京五輪にはテーマがなかった。だから、日本には五輪を開催する大義は全く感じられなくなっていたことだけは確かだ。未来の日本の為政者達は、五輪と政治はセットと考えるべきだ。単に利権とか思惑だけで五輪招致をするのには思わぬしっぺ返しがあるという今回の教訓を生かすべきだろう。