ジャーナリズムランキング

加地鳴海の天正戦国小姓の令和見聞録(hatena version)

人類の歴史を戦国の小姓の視点で深く追究していきます。

「原作者絶対主義と二次使用者(脚本家・脚色家)の心得」

天正戦国小姓の令和見聞録0195>

○___________________○

春日山城、鳴海幕

お屋形様:上杉道満丸景虎

見聞録検め:小姓

○___________________○

 

天正四百五十二年 弐月四日

 

「原作者絶対主義と二次使用者(脚本家・脚色家)の心得」

 

 亜米利加のアカデミー賞では作品賞(プロデューサーが受賞)・脚本賞(完全にオリジナル)・脚色賞(原作から起こした脚本)・主演男優・女優賞、助演男優・女優賞などに別れており、衣装デザイン賞や作曲賞など多くの各部門で見てとれるが、原案賞(原作)というのは二九回目ほどまであったようじゃが現在はなさそうでござる。映画の作品が原作を元に脚色したのであれば作品賞の範囲にはなると拙者は思うとる。日の本の場合、クリエイティヴな世界ではエンターテインメントの興行面で大きく遅れをとっている感は否めないのでござる。

 日の本では「セクシー田中さん」というTVドラマの原作者がお亡くなりになるという痛ましい事を報道で目にしたが、決してあってはならぬことじゃ。日の本では脚本家が育ちにくい環境のようではあるが、一つ確認しておきたいことがござる。本来、脚本家は完全にオリジナルの無から有を生み出す作品を手がけなければならぬという職業でござる。しかし原作を元に起こしたものならば脚本家とは呼ばれぬ。脚色家と呼ぶべきでござろう。脚色家は原作者の意図を汲み上げ相互理解をして完成させるのが筋でござる。制作現場では脚色家は原作者とは意思疎通がなかったようでござれば、問題がなかったほうが可笑しくなければならぬであろう。

 原作者は当初から出版社・TV局との契約関係をはっきりとさせておかねば映像化には難題が必ず訪れるはずなのじゃ。原作者はプロデューサーと同じ社会的ステイタスでなければならぬ。脚本家はオリジナルでなければ脚色に力を入れなければならぬはずじゃ。原作者の思いが間に入った脚色や映像側の思惑でねじ曲げられておったので今回の悲劇が起こったものと推測致す。拙者の短編がもし映像化されるときは、脚色家と俳優の選定まで踏み込むことにはなろう。関係者はそこまでして原作者のこだわりが存在していることを努々忘れてはならぬのでござる。

 ミステリーの女王として著名な山村美紗殿は「赤い霊柩車シリーズ」が有名でござるが、愛娘のドラマ出演がが出来なければ原作は書かないというエピソードがあり、原作者の立場が如何に強かったかという時代もあったことは事実でござる。原作が良くなければドラマもヒットしない。近年、日の本のTVのドラマ作品は新作が不調のようでござる。脚本や脚色・映像の世界に入るため、シナリオ教室とか作家の賞を取るためのノウハウを学ぶ教室とかが盛んじゃが、技術ばかり先行していて肝心な作品の純度を深めることを疎んじておる。その証拠にドラマや映画の新作がつまらぬものばかりで面白みがござらぬではないか。焼き増しの再放送ドラマのオンパレードが茶の間の視聴者を興ざめさせることになるのじゃ。各企業が出さなくても良いCMを出稿し番組に対する精査もせぬのでは、日の本のエンターテインメントの海外制覇は夢のまた夢でござろう。拙者の目から見ても、韓流や華流のドラマのほうが面白いしエンターテインメント性で日の本を超えておる。澱虫をはじめとする日の本の広告屋の暗躍も停滞の起因ともなっておる。芥川賞直木賞の作品選定責任者は、エンターテインメントの先の先を見通す能力が必要なのかも知れぬ。半年もすれば忘れ去られる作家の予備軍を大量にばらまくことを良しとしてはならぬのじゃ。作家や原作者は生前だけの功績ではなく没後での普遍の価値を生むことも視野に入れて取り組むべきであると心得る。

○___________________○