仁科広嗣の「新歴史の研究」

仁科広嗣の「新歴史の研究」

「生還特命日記」<個人再生最強心得帖>

「生還特命日記」<個人再生最強心得帖>

 

 人間の仮面の裏には空恐ろしい本能の世界がある。一般的には裕福な家柄で育ったお嬢様育ちは温厚で淑やかで気品あるイメージがあるが、精神的にどん底に陥ったときとか、切羽詰まった経済状況に遭遇したときとか、怒りの限界を超えたときとか、そういうときには、損得や営利的な本能が現れる。誰もが羨む絶世の美女と結婚したとする。そのときから、その絶世の美女の仮面は裏表を伴侶の前にさらけ出すことになる。恋愛中はプライベートな日常の姿は覗くことが出来ず、ゴールインするまでは妄想と想像、そして見せかけで交際することになり、相互の本当の姿や心理的なものは見えていない。彼女がおならをしたり、生理的な物事や行いを目のあたりにすれば、さぞかし相手の伴侶は興ざめするに違いない。結婚は社会的な契約であり互いの金銭的賃貸借契約でもある。だから、大抵の男は奥さんに財布を握られ、経済的な困窮に追い詰められる。二人で必死に貯めた虎の子を男が借財の返済に充て、なおかつ多重債務に陥ったとき、元お嬢様育ちの娘が「あなた、大変でしたね。でも私はあなたの味方です。一緒に頑張って返済していきましょう・・・」などという優しい言葉をかけられると思ったら、大きな間違いだ。現実には「何してんだテメイ、何でもいいから今すぐ、耳をそろえて1千万円アタイの目の前にもってこいよ」、とか言われるのが関の山だ。あの今までの淑やかで品のある元お嬢様育ちの面影はすでになく、人生終活に勤しむありふれた怖い初老の女人と化していた。独身でも家庭持ちでも借金のための人生の終わりにはしたくはないものだし、再起を図ってリベンジする気持ちがないと克服できるものではない。それを「生還特命」と自分自身に言い聞かせる日々が長く続いた。それが、後に続く500万人の破産予備軍の羅針盤となってほしいと気持ちが大きく沸いてきた。借りたお金は他の所から借りてまで返す必要はない。最後は、特例の法律が自分を守ってくれると信じ、目を通してほしい。

 

 

序章 「教訓と人の有り難みを知る」

 

 三年間の民事再生の払い込みを最近ようやく完済した。ここまで来るのには人には言えない長い道のりがあった。そういう意味での負の達成感と教訓が自分の中に芽生え、これまでの自分に対してのリベンジも同時に派生したのは確かだ。法人レベルでの債権放棄の話はよく聞いてはいたが、個人レベルでの債権放棄の特例の法律が現実的に存在し、当初はそのことが自分の負の連鎖を救ってくれるとは夢にも思わなかった。思えば、二十代の前半で三十六回の分割購入(月賦購入)の機会があり、某百貨店で高額なブリタニカの百科事典を学生時代の勉学に役立てた時期があった。当時セットで三十万円もするものが10万円で販売していた。CMでも三十巻セットで30万円以上はしていた。しかし、購入契約を終えた数日後に、百貨店から販売金額を間違えていたと知らせが届いた。こちらとしては、信じられない価格だったが、アルバイトの販売担当者が間違いなく契約してくれたのだ。何度も彼に確認したので申し訳なく思ったので疑うべくもなかった。結局示談で百貨店の落ち度と言うことになり3分の1の値段で三年で完済した。たしか元利均等払いで月々5000円だった。当時の家賃が3万円代で生活費や学費などで家計はきつきつだった。それでも踏ん張って完済した。居酒屋のバイトではとても足りない。スタジオや美大の受験塾でのすっぽんぽんのヌードモデルや女装喫茶店などのほうが遙かに稼ぎは良い。それで大学はなんとか卒業した。ローンに関してはそれが初めての体験だった。

 いま思えばそれが人生転落の布石だったということになる。そういう過去のローンの経験が後年仇となってい帰ってくるとは想像だにしなかった。いわゆる、カードローンというやつだ。無担保で年収分の額をリボルビング払いでやれば月々の支払いは微々たるものになる。当然将来いつ完済できるのか気にしなくなり、負債残高を考えるのも面倒になり、金銭感覚もおかしくなっていったのを覚えている。家族に内緒でカードローンを目一杯借り、会社からも互助会で限度額いっぱい借りてしまう。広告代理店での仕事の付き合いで負債は泥沼化し、会社の経営も傾き大リストラの餌食になる。会社都合での退職扱いだから退職金の割り増しがあったが、小さな企業だったので額は少ない。家族には借金返済の額をひた隠しにして、一部を返済し、残りを退職金として渡した。退職金すべてを借金返済に回すと何も残らない。負債はどんどん雪ダルマ式に増えていく。そこで、自営業に挑戦するも、銀座界隈での接待費が膨大になり、個人の民事再生の憂き目に遭ってしまった。リボルビング払いは毎月の支払いは楽そうだが後が怖い事を身をもって知った。

 今でも弱者へのしわ寄せや自己破産を目前に控え手ている人や、 将来そういう風になることが予測される人が大勢いると聞く。 それは自分の紆余曲折、七転八倒の経験からでもよくわかったような気がする。 改正貸金業の施行で、それまで、自由に街のサラ金で財布代わりに使っていた、爺ちゃん婆ちゃんたち、 主婦やフリーランスの人が使えなくなり、逃げ場を失うことになった。政府の弱者いじめと言うしかない。 メガバンクは改正貸金業の適用外で、旧サラ金会社を傘下に治め、 保証会社・債権回収機関扱いにして、庶民にローンを組ませ利益を生みだすシステムを構築した。 それが銀行の本業化になったことが、現在の銀行の先行き不透明感につながっている。 銀行業界の今後のリストラ予定を見てみるとよくわかる。 過払金ビジネスはCMで唄われるほど有望な仕事には見えない。 壁はそのうち訪れる。銀行の行く末も暗い。

 多重債務に悩み、自己破産するしかないのか、 どうしたらいいかわからない人、一体だれに相談したらいいのわからない人が激増している。 周りをみわたしても結構いる。普段、真面目で地道に生きているサラリーマンやOL、主婦、フリーター、 自営業者、中小企業の社員、経営者でもいつ何時そうなるかわからない。 お金は借りたら返すのは当たり前なのだけれど、返したくても返せないときはどうしたいいのか、 個人の債権放棄はしてくれるのかだれか教えて、 と日々切実な思いを寄せている人は数限りがないと思っている。 そういう、自分も個人民事再生まで来るとは努々思っていなかった口だから(すべて完済したが)、 同じような悩みを持っている人に、 是非良い方向にって欲しいという思いを込めて綴っていきたいと思っている。 そして、是非この実践に基づく「生還特命日記」をご参考にし、いくらどん底にいても自分を信じ、 希望をもって解決し本懐を遂げてほしい。自己破産だけは絶対しないように、自力で立て直す最善の策と心構えを具体的に、完済までの三年間の悪戦苦闘を時系列で最終章でご紹介し、アドバイス等も交えるので是非参考にしていただければ幸いだ。本文中同じような言い回しも目立つと思うが、回想と教訓の認識を新たにするためにも、お役に立てるサブリミナル効果の一環としてご容赦ねがいたい。

 

 

 

第一章 「新たな自分への道」

 

 「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」という川端さんの小説は有名だが、「生還特命日記」は読む方にとって「長いトンネルを抜けると虹色の風景だった」という希望の灯火であってほしいと思っている。

 毎年12月になると年を越せるかどうか江戸時代の庶民の周りでは、 お金をめぐる件では慌ただしくなっていたんだろうなと感じている。 一年の計は師走にあり。正月を前にして庶民にとってはまず無事に年を越せるかどうかが問題になってくる。時代が変わってもそれは今でも全く変わらない。 世の中を取り仕切る胴元が変わっただけで、社会の仕組みは同じなのだ。 征夷大将軍天皇、軍部、戦後の民主主義社会と移り変わっても、 弱者と強者の共存とその差別化と不条理は確かに存在する。 御上の申すことには逆らえない、という徹底した封建制度での観念が日本人の深層心理に働き、 真面目に生きれば生きるほどバカをみる時代の風潮には懸念せざるを得ない状況にある。ましてや2020年のコロナウイルスの世界的感染拡大による、庶民の懐は壊滅状態にある。日本の官僚のあり方や官邸の偏向的な政や美意識・美徳の崩壊が日本の国力の脆弱さを世界に露呈させてしまった。 日本は戦後70年を過ぎても、米軍の駐留はそのままだし、国家の防衛の基本である制空権は未だに在日米軍が握っている。日本は今でも日米地位協定・日米原子力協定・日米安全保障条約という三点セットと言う呪縛に封じ込められている。 日本の自主独立は今世紀中に確立されるかどうかわからない。制空権のない我が国は自治権が認めれているに過ぎない。横横田基地在日米軍の制空域はかなり広大で、日本の民間機は自由に飛行ルートを決めることができないのが現状だ。

 1994年から2008年まで続いた米国からの年次改革要望書は2010年に日米経済調和対話という形で復活している。要するに年次改革の呼び名が変わっただけだ。権力者側が官主導で市場を形成しようとして、 いたずらに忖度とか心理的な圧力で役人や経済界で働きかけようとしても 上手くいく保証はどこにもないのだ。いや、上手く行かないほうがほとんどだろう。 そして、日本では戦前から政治家や役人はだれも責任を取ろうとしない。大政翼賛会の中枢にいた祖父の系譜の位置づけにある人が、官邸を唸っている限り戦後の東南アジアの緊張の糸はほぐれそうにもいない。コロナによる企業への持続化給付金の施策にしても幽霊会社という天下り法人のような組織を介して、広告会社の戦略の軍門に下り、国民の税金が彼らの打ちでの小槌になっていることは世界的にも異様な光景でもある。日本のマスコミがその事を幇助していると言われても仕方があるまい。 庶民は泣き寝入りの憂き目にあうだけだ。 ローマ帝国の歴史研究の大作家である塩野七生さんが民主主義は取扱注意の危うい代物で、 50%+1で権力を手にすることができ、リーダーの器や智慧が問われると言っていたが、 目下の政ではそれに遠く及ばない。

 民事再生の完済を機に世の中の裏と表の世界を垣間見た思いがするが、もし、ご自分が悲劇的な状況を招いたとしても、その手助けとなれば幸いだ。

 

 

第二章 「多重債務からの生還に成功するために」

 

 生還特命日記では、多重債務で壁にぶち当たっている方、自己破産予備群の方、これから自己債務が増えて行く方、自己破産・民事再生債務整理について法的な手続きをする前に体験者に相談されたい方、借金でどうしようもなくなった方、など債務保持の前の自分に生還するための羅針盤となり、そして今後解決して行かれる方達のためになにかお役に立てないかという想いが自分の中にある。借金苦から抜け出すには、いろいろな方法があるけれども、借金のために何度も金融機関から自転車操業で借りていくのは、全くの論外でそれまでの債務が減るどころか、ますます借財額が増え続けることになる。競馬やパチンコ・競艇・競輪・バカラなどのギャンブルで一山当てて返済しようとするのも論外。知人や親戚・勤務先からの無心も同じこと。 つまり、どうやって、自己責任で誠意を持って努力して返済していくのが可能なのか考えなくてはならない。法的な手続きなしで、個人が返済できるのは、おそらく100万円くらいまでだろう。だから、公的な計らいで救済してくれる法律があるのだと思う。借金して返済できないから安易に、自己破産・民事再生債務整理の手続きをするのは問題。返済のメドを立てられる状況を構築しながら、どうしても現時点では自己破産やむなしということなら、まず信用出来る司法書士事務所に相談することだ。最初から弁護士事務所はお奨めできない。おそらく自己破産を薦められることだろう。なぜなら自己破産の法廷手数料は高く、彼らの食い扶持であるからだ。

 多重債務に陥った場合、順序としてまずしなければならないのは、借りた金融機関への事前連絡と窮状の深刻さを涙ながらに手紙を出しておく。口頭だけでは、言った言わないという事にならないためにも、文書としてはっきり相手に示しておくべきだろう。事情を詳しく伝えて返済のリスケジュール案を提出する。そうすると、相手の担当者は同情心が生まれ、与えられた権限のなかで進めようとする。返せなくなった段階で唐突に言っても向こうは相手にしてくれない可能性はある。誠意をもって、頑張って返済していく姿勢はもたなければいけない。借りたお金は返さなければならないという社会通念ができているから信用貸しができているとうことを忘れてはいけない。借りたお金で返すという自転車操業は必ず破綻する。「てるみくらぶ」や「はれのひ」は資金がないので自転車操業を行い、そして破綻した。よくあるパターンだ。民事再生はそこから脱線してしまった現実であるから覚悟を決めて解決しなければならない。示談で債務の解決ができてしまうのならこれほどいい物はないけれども、現実的には難しい。示談が成立しなくなった場合は、裁判所を介して解決するしかない。だから日頃から司法書士事務所と仲良くしておいたほうがいいと思う。

 

 

第三章 「怠ってはいけない民事再生の認可への入念な下準備」

 

 生還特命日記では、自己破産を回避しつつ民事再生でリベンジに成功するための、いわゆる自己体験による反省と教訓・より良き処方箋を述べてみる。読まれる方は、ご自分に対して卑下なさるかたや、不本意なご自分の姿を認めたくないという心理の壁があって、心が開けないという方も多いことだろう。私の場合も最初はそうだった。家族に内緒で様々なカードに入会し、全てを限度一杯まで借りまくり、そのうち自転車操業状態になり、債権者からのお知らせや、現住所の確認で自宅まで来たり、サービサー法による債権回収機構からの執拗なメール便が頻繁になり、電話が鳴りっぱなしになる。家族にはとうとうバレてしまい落ちるところまで落ちてしまった。そこから、這い上がるのはとても簡単にできるものではないとめげてしまうのは当然のこと。自己破産なら財産は一切なくなり、住むところもなくなり、再就職も制限されてしまう。民事再生なら100万円を3年間で完済すれば残りの債務はちゃらになり、再就職の職種も制限はないし、住宅ローンも払い続けながら、元の生活に戻れる。あなたならどちらを選ぶ?当然、おそらく後者にするだろう。  

 さて、最初はどうするか。弁護士事務所という手もあるが、いきなり自己破産を薦められる公算は大のようだ。市民の無料相談窓口にいっても同じだった。私の場合は、まずネットで司法書士事務所を探し、評判の良いところを選んだ。 手始めに、それまで使っていたカード会社(銀行・信販・クレジット会社)の過払い金の有無を調べてもらったほうがいい。いわゆる一社ごとの債務整理という形での委任契約となる。成功報酬だからお金の心配はしなくていい。ただ、後々の事を考えて、司法書士事務所との委託契約は交わしておく必要がある。その後、民事再生では書類を揃える数が多い。早い内から懇意にしておいた方が無難だ。申し立てをした時点で、それまで払っていた多重債務の支払いはストップする。自動引き落としの場合は、二、三か月、引き落とし日にゼロにするか足りない状況にしておく。だが他の公共料金などの引き下としには注意が必要だ。司法書士事務所では債権者や裁判所とのパイプ役だから大事に付き合っていこう。申し立てから裁判所の認可が下りるまではおよそ1年はかかる。その間は、それまでの返済分は司法書士事務所でストックしてくれるから、安心だ。民事再生費用に充当することも可能だ。

 

 

第四章 「二通りの民事再生

 

 民事再生では二通りの方法がある。 これは重要事項。 一つは、(1)『給与所得者個人再生』というもので、例えば5社から多重債務がある場合、 全社が返済減額に応じてくれなかった場合、 裁判所の命令で強制的に減額をおこなわせるというもの。 このケースで注意しなければならないことは、 住宅ローンの残額が時価の評価と同じであれば財産はゼロと見なされるが、 評価額より低い場合はその差額が財産保持とみなされ、 100万円の返済に差額財産額がプラスされ支払いが多くなる。 このケースは敷居が高く用意する書類は膨大になる。 裁判所が債権者が債務者に対して文句をいわせない状況を 作り出す意図があるのかもしれない。 もう一つは、(2)『小規模個人再生』というもので、債権者である全てが減額に応じる場合、 住宅ローンの財産価値は考えなくてもいいというもの。そこが自己破産とは大きな違いだ。 司法書士事務所の債権者への説得力には差があり、 どちらのケースになるかわからない場合は、 当初は大事をとって給与所得者個人民事再生で進めることが多い。どちらにしろ、個人の民事再生だは、住宅に関しては債務者が手放さずに済むように法律で決まっている。 だが住宅ローンだけは減額できないことから、 不動産物件の購入には慎重の上にも慎重を期して行く必要がある。 小規模個人再生では前者と比較して用意する書類は割合シンプルだ。 なぜなら債権者が全て承諾しているわけなので、 いわば示談に近いといえる。 あと裁判所への出頭もあるが、債務者の債務状況と返済の状況で、 書面で済む場合がある。私は司法事務所とのやり取りだけだった。 ただし、裁判所と司法書士事務所(当事者の代理)の間をとりもつ法的な縛りがあり、 弁護士との簡単な面談には応じなければならない。 弁護士は民事再生委員という名目で 報酬は20万円ほど。分割返済は可能だが司法書士事務所での調整は必要だ。 私は司法書士事務所の方と同伴で弁護士事務所で面談を済ませた。 民事再生では住宅ローンの返済可能が条件で、 なおかつ家族で三年間で100万円を完済できるかが問われる。 500万円までの多重債務なら400万円の債務減額が可能となる。 多重債務で払えなかった事を考えれば、 払っていける条件を突きつけられるのは当然のことと言える。注意しなければならないのいは 民事再生が認可されても、また払えなくなったら完全に自己破産することは心しておくべきだ。 そこのところは肝に銘じたほうがいい。 さて、住宅を手放さずに借金が減額できるのが民事再生のいいところだが、 住宅ローンは一切減額できない。奨学金とおなじだ。一時的に支払いを少なくする方法はあるが、 残額は変わらない。電車でマンションの中吊り広告を見ていると、 そら怖ろしくなることがある。 6000万円が借りられる?そんなに返せるのかな? ふと疑問が頭をよぎりる。 常識的にはマンションを買う場合、頭金は2割が基本とされている。 少なくても1割は用意したいところだ。 親の援助は期待しない方がいい。実際親だって大変なのである。 もし頭金が0円の場合は、マンションの可能購買価格は3,000万円までが無難だろう。 毎月10万円前後、ボーナス時はない方がいいが、 あっても+10万円以内にとどめておくことにしよう。 買った年齢が40歳の場合、返済期間が35年間だと75歳が完済時期。 おそらくこれが限度だ。 60歳か65歳で年金がもらえるが、これだけではとてもやっていけない。 3,000万円でも四苦八苦の予測が付く。 その上での民事再生は傍から見れば敷居は高いように見えるが、 払っていく人はそれなりの目算がなければ行動に移さない。 中吊り広告の内容だが、 マンション価格が6,000万円で、頭金が0円。 つまり6,000万円全額を借りるということになる。 100万円の借り入れで2万円の保証金ということは、 6,000万円だから借入時に120万円かかることになる。 管理費は月15,000円、修繕積み立て金月20,000円。 修繕積み立て基金は購入時に50万円。 当初毎月返済11万円台、ボーナス時20万円台。 登記費用、引っ越し費用、家具・家電・インテリア。 マンション価格の1割程度はかかる。 全て借り入れると7,000万円くらいになるだろう。 購入後5年が過ぎたら、支払額は年額で2、3割増える。 それが35年も続くのだ。会社を退職したら退職金でチャラは、 それは昔の話し。現実的ではない。 こういう販売のやり方には賛成できない。 可処分所得がドンドン目減りし、 入ってくるお金は右から左へとスルーするだけの人生になる。 多重債務はこのようなところから起きてくる可能性は高い。 無理をした住宅ローンは要注意だ。

 

 

 

第五章 「多重債務の原因を探り教訓とする」

 

 お金を借りるのにはれっきとした理由があるが、 貸す側としては貸した相手に利息を付け、有利な取り立てを考えるものだ。 昔は買いたいものが欲しくて、カードなしでも分割払いというものがあった。 そのうちに、信販会社が会員カードを発行し顧客をつかもうとしたが、 クレジットカードが全盛になり、 分割以外にキャッシュを貸すシステムを構築した。 リボルビングの一定支払いが利用者の負担を軽くしたように見えたが、 払っても払っても元金が減らない。 ショッピングとキャッシングの利用がどんどんふえ それが当たり前になったのがいけなかったのだろうと思う。 銀行が改正貸し金業法の適用外を逃れ、 旧サラ金業者を傘下に治めて、 キャッシング業務で利益を上げてはいるが、 世論の批判を浴びている。 プロミス・アコム・レイクなどには保証会社としてのポジションを与え、 債権回収業務に当たらせる。 つまり、取り立てに精を出させているわけだ。 多重債務に陥っても取り立てには容赦しない。 親会社のほうではそれはできないし、また腹も痛まない。 銀行のカードローンで限度額が1,000万円というのはいかがなものだろう。 ごく一部の富裕層しか利用できない。 庶民での限度はせいぜい100万円とみていいだろう。 民事再生でも自己破産でも3年間で100万円というのも、 現実的な線とみるべきだろう。 自転車操業は自分でも経験はあるが、そう言う泥沼にはいったら、 なかなか抜け出せない。 だれかの助けが必要だ。 自己破産なしでの個人民事再生。それが平成の徳政令と言われる所以だ。 頭の片隅にでもしっかり治めておこう。 いつ何時あなたもそうした方が未来を開ける時機がくるかもしれないからだ。 そうならないよう日々努力する姿勢は必要なのだが。 もしそうなっても、 前向きに自己解決する覚悟は持っておいた方がいい。

 

 

 第六章 「民事再生での基本的心得10ヶ条」

 

 まさか自分がこんなことになるとは思っては見なかった人は多いだろう、 自己投資への過大な思い入れと、人の意見を聴こうとせず、 自分が世界を動かしていると言った変な躁状態が、 多額の借財を招いた一番の原因だろうと思う。 いまとなっては民事再生を予定どおり終わらせ、 再起をはかることだけを考えよう。 そこで民事再生の当事者になると覚悟して留意すべき事がいくつかある。

1)ブラックリストには当然載っている。官報にも載る。勤務先での影響は皆無。

2)あらたなローンは一切組めない。携帯の分割払い契約はできない。信用を失っているから。

3)家族がいるなら包み隠さず話すこと。もはや隠しても無駄である。書類の作成や官公庁への出向きもあるから。

4)民事再生費用は司法書士事務所に50万円、民生委員(弁護士)に20万円。これは分割可能。

5)裁判所の承認が出るまでは、確実に返済できる家計状況を報告する。家族の合算。

6)基本的に三年間(場合によっては5年間)。

7)新たな借金や贅沢な買い物はできない。ただし、 生活必需品の購入や工事は余裕があったらやっても良い。

8)自己破産なら職業的な制約はあるが、民事再生ではない。

9)申し立ての開始(司法書士事務所)から裁判所の承認まで、長くて一年は見ておいた方がいい。 その間に倹約をして積み立てておいたほうがいい。

10)財産は全て返済に廻されるからゼロにしてく。 自己破産予備群がどんどん増えている。 どうしようもなくなったら司法書士事務所へ行くことだ。。。

 

 

 第七章 「自己破産・民事再生にかかる経費」

 

 膨大な借金を抱え追い込まれた当事者が、それに輪をかけるように自己破産・民事再生にも多額の経費がかかると言う現実からは逃れられない。過払い金の広告では成功報酬で司法事務所や弁護士事務所に何割も取られるが、全部が戻ってくるとは限らない。戻ってこない方が多いようだ。サラ金では高利が響き、法改正で借り主に返還ということなのだが、信販系や銀行では金利が安いので、過払い金の戻りはほとんど無いに等しい。手数料は無料で、戻ってきたら何割か引かれる。自己破産は借金が全部チャラになるのだが、お金の計算が伴う職業には就けない。住宅も失う。新たな住居の心配もしなければならない。その点、民事再生では住宅ローンを返済しながら、500万円の債務までなら100万円を三年間で完済することになる。両者とも官報には載るけれども、心配はいらない。ただ、無料というわけにはいかない。自己破産でも、弁護士事務所には50万は払わなければならないし、三年間は通帳も貯金も全て管財人に管理される。民事再生は、司法書士事務所に40万円ほど、民事再生委員(弁護士)に20万円は払わなければならない。自己破産だけは絶対するなといいたい。社会的参加から逸脱した見方をされるだろうし、周りからも冷たい視線を送られる。住宅ローンは絶対減額できないことになっている。最低限の社会的責任を取らされるが、首の皮一枚普通の生活を送ることができるのが、民事再生のおおきなメリットといえる。減額されても100万円の返済は高すぎることはないだろう。例えば500万円が100万円になった場合、400万円を新たに借りる計算(実際には貯金)になるのだから。国の特例法案なので、どうどうと使えばいのだ。司法書士事務所に相談に行ったとすると、自己破産か民事再生債務整理かの判断をしてくれる。それまで払っていた返済は、出来る範囲で司法書士事務所で毎月ストックし、裁判所の民事再生案が認可されるまで一年はかかるからある程度、経費は捻出できるはずだ。残りは、三年間の返済で分割化だ。くれぐれもタダでは手続きできないを良く覚えておこう。民事再生のメリットの大きさがわかると思う。

 

 

 

第八章 「学生ローンと自己破産」

 

 日本では奨学金の返済滞納問題が取り沙汰されているが、 米国ではおよそ4,000万人以上もの方が、 日本円にして約400万円以上の学生ローン返済に苦しんでいる。一億円もの学生ローンを組んだケースも多いと聞く。 ブッシュ政権では、自己破産しても学生ローンだけは免除できない法案が可決した。 リーマンショックの後でも、 いま自動車のサブプライムローン不良債権が激増していて、 それに多額の学生ローンが重くのしかかる二重の苦しみが顕著になっている。 日本では自己破産すれば、チャラになるけれども米国ではそうならない。 年間の授業料が400万円で4年で2,000万円、 それに教材費とかクラブとか生活費も入れれば、 総額3,000万もあり得る。そう言う方が40万、50万人もいる。 日本では来年あたり返済猶予の期限があり、10万人の自己破産が予測されている。そして2019年秋には消費税が上がった。この先どうなるんだろうか。 私が通った昔の美大は当時年間の授業料が30万円ほどで、 ヌードモデル(アトリエ)でも一日2万円だったので軽く払えた。 その他のアルバイトでも十分稼げて払えたんだけれど、いまではとても追いつけない。 国の救済が急がれる。 国内でも、大学・大学院をすべて奨学金で済ませるとなると、1,000万円はかかる。 無利子で年間50万円返済でも、20年は覚悟しなければならない。 結婚式の費用・教育費・30年もの住宅ローン、生活費・税金など、 いやがおうにも必要となる。老後の資金も必要だ。 おまけに正社員・正職員にもなれず、 生涯、非正規社員・職員だったら手取り20万円で生活しなければならず、 多重債務になるのは避けられない。 アベノミクスで日本の経済は好循環が約束されたが、 5年待ってもその兆しは見えないどころか、 闇に葬られ、弱者だけが路頭に迷う現実が待っている。

 

 

 

第九章 「サービサー法のカラクリを知る」

 

 だれでも借金が返せなくなった時のストレスは相当なものになる。自殺に陥ったり、安易な自己破産に走るのは、心情的には察するに余りあるが、とてもお奨めするわけにはいかない。思わぬ病気や事故で亡くなるのは致し方ないが、自殺だけは辞めておくべきだ。なぜなら、残された家族にとって更なる悲劇が押し寄せるかもしれないからだ。当事者が亡くなれば、確かに住宅ローンは団体信用保証金を払い残りのローン、残された家族の生活の維持のために帳消しにされるが、他の公的なローンや民間のローンは、後世に引き継がれることになる。奨学金の返済滞納問題がクローズアップされてはいるが、これとて親や親戚が保証人となっている場合、借りた本人が亡くなっても、督促状は未来永劫送られてくる。だから、死んでお詫びを、というきれい事は通用しないのだ。死んでも借財の責任は残された者に引き継がれる。だから、生きている内に自分の借財処理は自己責任で進めるしかない。自己破産をすれば全部借金がチャラになり、丸裸の状態になる。住むところや制限される就職の職種にも気を揉まなければならない。お金に関する業務は全て禁止される。それが5年間続くのだ。独身で若い内はいいだろうが、中高年者にはとてもやってはいけないだろう。借金がチャラになる反面、社会的制裁が重くのしかかるのは仕方がない。受け入れるしかない。しかし民事再生適用ならまだ救われる。国の救済措置としての特例法案なのだから、生々堂々と利用すればいいのだ。ただし、誠意と節度をもって努力していく姿勢はなくてはならない。自己破産のように借金が全部チャラなるわけではなく、借金の減額返済ということになるから、家族を合わせた収入で返済はしていかなくてはならない。たとえば住宅ローンを払い続けながら(自己破産とは違い住宅は手放さずに済む)、民間で500万円の多重債務なら、司法書士事務所を介して債権者と交渉し裁判所と民事再生委員(裁判所が指定する弁護士)とタイアップして、基本的は100万円を三年間で完済すれば、400万円は減免されるという制度だ。利用しない手は無いはずだ。民事再生では、債権者が減額を求めなくても裁判所で強制的に減免させる、給与所得者再生手続きと、債権者が減額を認める小規模個人再生手続きがある。前者は、裁判所で強制的に減免させるので、用意する書類は膨大になる。後者は司法書士事務所が債権者と交渉を行い減免してもらうので、書類は簡素なものになる。借財で首が回らなく状況を確認したら、知っておくべきことがある。知っていても損はない。信販やクレジットカード会社、銀行カードローンで延滞を長引かせるとどうなるか。銀行なら傘下に治めた元消費者金融会社を保証会社扱いにし、債権回収機構としての業務を委託する。借財の3%から5%という不良債権を売り渡し、銀行側借財との差額は無税となる(以前は贈与税の扱いだったが無税になった)。それをサービサー法といわれる。債権回収機構側は、100万円の不良債権を銀行側から3万円から5万円で譲りうける。機構側は執拗に借り手側に100万円の回収の旨を言い渡し、無理をして100万円を返済するケースがある。それは辞めるべきだし、する必要もない。借り手側は何も知らないからそうするのだろうが、サービサー法を知る知らないでは天と地の差がある。肝に銘じるべきだ。

 

 

 

 第十章 「完済までの道のりと教訓」

 

■和解内容一覧(→和解金額・民事再生計画返済額)

A社 556,846円→131,026(▼420,000)

B社 724,214円→170,408(▼550,000)

C社 2,353,177円→553,703(▼1,800,000)

D社 615,702円→144,875(▼410,000)

合計 4,249,939円→1,00,012円<▼3,250,000円の減額>(三十六回均等返済)

・着手金 21,000円

・成功報酬 31,500円

民事再生報酬 432,000円

・裁判所予納金(再生委員費用・弁護士)212,268円

司法書士事務所預かり金 142,703円(A)

  • 和解返済金 650,000円(B)
  • 司法書士事務所と弁護士費用に充当
  • 一回目から三十六回目まで毎月司法書士事務所に振り込み

・32,120円(振込手数料込み)※総額1,150,000円

(2020年完済)

 

<教訓十箇条>

  • 家族に内緒にとか秘密とかは民事再生では御法度。資料提出は家族の協力が不可欠。
  • 多重債務では一人で悩まずにオープンにすべし。
  • (A)+(B)で諸費用はまかなえるので、司法書士事務所で相談すること。
  • 返済期間は一日の小遣い300円生活をするくらいの覚悟で自分を律するべし。
  • リボルビング払いは転落への道。ローンは必ず元利均等払いにすること。
  • 借りたお金は「借りたお金で金は返すな」が鉄則だ。それが自転車操業となり、必ず破綻を迎える。
  • 自己破産は必ず回避せよ。司法書士事務所との連携を強化せよ。
  • 民事再生(個人再生)という国の特例を利用せよ。
  • 官報掲載は気にするな。
  • ブラックリストは全く気にしない。

 

Behind the story 2020tokyo-20-7

<第二十章:その七>

 新型コロナウイルスの拡散が止まらない。Behind The Story 2020Tokyoの連載が進むにつれ日を追うごとに感染が拡大している。とくに、医療体制が整っていないアフリカ大陸の今後の感染の予測を見るとおよそ数千万人の感染者が出るとのことだ。2020年5月10日現在、全世界での感染者数は400万人を超え、死者は30万人を伺う勢いだ。そんななかでも、トランプ大統領コロナウイルスの感染拡大と犠牲者に目をつむり、経済優先への志向に舵を取り始めた。自身の経営基盤においてももはやこれ以上停滞は認められないとふんだのだろうか。アメリカファースト、オウンファーストへの傾斜により、世界のリーダーとしての存在感も立ち消えになるのは時間の問題だ。彼自身副業での収入があるので、大統領としての報酬は一ドルとしているようだが、自分の台所に火がついたらそうも言ってられなくなるだろう。オバマ前大統領はトランプ氏の政を批判しているが、的を得ているようにも思える。まだ若いので再度大統領選に復帰してもいいくらいだ。IOCのコーツ氏が2021年の東京五輪は再延期のプランは存在しないと表明した。一見是が非でも、IOCに開催の覚悟があるのかと思わせるものだ。しかし、コロナウイルスの終息時期やワクチンの是非、大会経費の負担増大を頭に入れるなら、IOCは延期しないという裏読みもあながち的外れとは言えない。IOCは開催中止ならほとんど保険で経費の心配はいらないと思っているに違いないと見るべきだ。1980年のロス五輪あたりからIOCの金権体質が顕著になり、クーベルタン氏の理念とはあまりにかけ離れた組織になった。プロのバスケット選手や野球・テニス・ボクシング・レスリングなどの世界からもどんどん参加が許可され、五輪本来のアマチュアリズムがないがしろにされてきたのは事実だ。五輪誘致合戦にしても裏金汚職が公然と許されているのは悲しむべき事だ。それに今後IOCと開催当事国の日本との言い争いになるのは目にみえているし、世界のアスリートだってみな身の安全を優先するに決まっている。来年いっぱいまでにはワクチンが出そろうという予測をアテにすると、2021年の東京五輪開催は完全に中止(再延期はない)という方向に行き着くだろうと思っている。今は五輪開催うんぬんどころではないのかもしれない。欧州のルネッサンス時代に「新大陸発見」というのは誰でも知ってはいるが、そもそも新大陸なるものにはれっきとした先住民(ネイティブ)が誇りを持って納めていた所有地で、大陸発見と言う概念は、アングロサクソン人が都合良く支配的欲望のもとで培われたものだといえる。そういう意味で昨今の出来事は、およそ500年以上も続いた大航海時代(教科書的には過去のものだが)が終焉し、新たな歴史の転換期を私たちは体現しているのだと認識せずにはいられない。

Behind the story 2020tokyo-20-1~6

■「初めて読まれる方へ」■

この小説はノンフィクションでありながらフィクションの要素がふんだんに入っている。時代への諫言と提言、そして娯楽性との均衡を意識しながらのエンターテインメント・ストーリーである。

<ストーリー展開>

小学生時代からの幼なじみである船橋君とは、偶然にも中堅の広告代理店の同期入社となる。その15年後、船橋君の長女みどり君は名門のプロテスタント中高一貫校の学生になり、彼女は深田恭子似の絶世の美女に育っていた。私は美大で油彩を学び、船橋君は某東京六大学商学部で学んだ。みどり君と私はピュアな慕情関係となってしまった。私の娘千鶴もみどり君の学校で一緒だが仲は余り良くない。それから数年後、2013年に2020夏季五輪の開催が東京に決定。すでに都庁に就職していたみどり君は五輪準備委員会のメンバーとなった。だが、東京に決定したとは言え、難問が次から次と津波のようにみどり君に押し寄せる。2019年の終わり頃から発生した武漢肺炎の拡散が世界的に拡散している。終息までには少なくても一年はかかるとされており、2021年に前代未聞の延期になった。しかし、同時期には世界陸上中国共産党創立100周年祭がバッティングする事態となった。各イベントの主催者側との調整は難航を極めるだろう。2020東京五輪は2022年に延期される可能性は大いにあるが、幻の大会に終わる可能性は排除できないでいる。人類は有史以来ウイルスとの戦いを続けてきた。地球の自然界の摂理は種(人類)の存続の鍵を握っているといわれる。種の数の(人口)調整のために地球の自然が身を守るためにウイルスを解き放ったとはいくら何でも考えたくはない。とにかく新型コロナウイルスの感染拡散の中、Behind the Story 2020tokyoでこの現実を追い続けるのは、時代の証言者としての責務でもある。開催までの出来事とフィクションでのエンターテインメント性を織り交ぜながら話を進めていく。2013年から2021年(あるいは2022年)までの五輪に対しての時系列的な記憶の手助けになればと思っている。

 

 

★目次・進捗状況★

「はい、こちら2020東京五輪」(Behind the Story 2020tokyo)

<2015年~2021年7月の開催日まで継続予定です>

■[2015]第一章 その一~その八

■[2016」第四章から第七章

■[2017」第八章から第十章

■[2018」第十一章から第十三章

■[2019」第十四章から第十八章

■[2020」第十九章から第二十二章

■[2021」第二十三章から第二十五章

■[2022」第二十六章から最終章

 

 

<登場人物>

 

・私:中山正輝

・私の妻:恵理子(野猿系)

・私の長女:千鶴(野猿系)

・同僚:船橋真吾(イケメン系:代表権のないくろくま広告社社長)

船橋くんの妻:美智子夫人(ハイソ系:くろくま広告社会長<実質的な経営者>)

船橋くんの娘:絶世の美女:みどり君

・銀座マネキン嬢(昼は銀座通りのマネキン嬢、夜は銀座のサロン嬢:ユキ、ナオミ、サトミ、ミキ他。全員国立大出身のインテリ)

安土城天守閣での時空を超えた歴史上の人物の面々。

美大の後輩:安藤(アートディレクター、ソラミミスト今東光似の毒舌家)

・くろくま広告社元会長:広瀬弘文(美智子夫人の父)

・銀座の若旦那衆他

霞ヶ関官僚、国会議員他

・その他随増殖・・

 

 

「はい、こちら2020東京五輪」(Behind the Story 2020tokyo)

 

 

第二十章(最終章)「ハムレットの2020tokyo」

 

 

<第二十章:その一>

 

 

2020年3月になっても、日本政府は中国からの渡航者を団体以外はいまでも許可している。横浜のクルーズ船の乗客もどんどん下船させており、いつ陽性になるかわからない陰性者に公共交通機関利用の許可を出しているというのは、甚だ常軌を逸している。国内での爆発感染を助長させるだけという結果になるかもしれない。現在でも日本国中に中国(もしくは他からの経由で入国)からの渡航者を許しているということは、パンデミックを促しているようなものだ。総理が前日までの専門家会議でも盛られていない公立の小中高の一時休校を突如として発表した。幼稚園・保育園・学童保育は対象外という中途半端な政治判断といっていいだろう。専門家の間では感染しているしていないにかかわらず全校一斉休校という独断採決は賛否が拮抗している。いくら各方面のイベントを自粛させたり、公立小中高(私立は別)の二週間の休校を急遽要請しても焼け石に水だ。首相側近の議員数人が一斉休校・イベント自粛要請の渦のなかでも、立食パーティーを敢行したそうだがまったくふざけた話だ。首相の要請はあくまでも要請で法律での命令ではない。臨時休校は各自治体が独自で判断すればいいだけの話なのだ。政府が政治判断で責任をとるとは言ってはいるが、緊急予算を組んでの休業補償・学業への対応が具体的にあるのか疑わしい。それよりも中国からの全面入国禁止措置をとることが先決だと誰もがそう感じている。第二の武漢化を韓国と競っている訳ではないのだろうが、両国は中国からの渡航全面禁止措置を未だにとっていないという事もあり、そのことが感染拡大の起因ともなっている。韓国では簡易検査キットが充実していて、議会での迅速な対応も効を奏して感染者の把握・管理の徹底化が進んでいるが、日本は真逆の方に向かっていているのは誠に残念だ。ジャーナリズム精神を失ったマスメディアは何故もって官邸に忖度する報道しかやらないんだろうか。彼らはもはや第四の権力を、SNSネットユーザーやブロガー、YouTuberにその地位を奪われつつある。しかしそれは自然の理であるのかもしれない。一番国民が怒っているのは、政府の新型コロナウイルス対策の姿勢にある。官邸が中国からの全面入国禁止をせず、一般市民に自粛や我慢を強制し、ワクチンや治療薬がない状況で自己責任を押しつけるというのは、国のリーダー不在という各国からのレッテルを貼られても文句は言えない。日本人の海外渡航禁止が現実味を帯びてきた。遠からず米国は日本人の入国禁止措置に踏み切らざるを得なくなる。レベル3は目の前にある。日本列島そのものがクルーズ船のような重大感染国にならないことを祈るばかりだが、今の政権では全く解決しないだろう。国内では五輪開催は当然やるものと楽観視はしない方がいい。覚悟はいつでも心のなかでしておいたほうがショックは少なくなるに違いない。とにもかくにも政府の毅然としたリーダーシップがいまほど大事な時はない。

 

 

 

<第二十章:その二>

 

 

電通の社員が19日から入院、濃厚接触者は4人は自宅隔離中。汐留の5000人の社員はすべてテレワークのようだが、それが出来る企業は羨ましい。まさしく上級国民だ。電通陽性社員はオリパラの聖火リレー推進担当部署だった。電通社員が打ち合わせで今日も明日も都庁に出向くらしい。3月からの聖火リレーは絶対やめるべきだ。電通派遣の加藤五輪事務局長の個人的な意見だろうが、それがパンデミック(世界的大流行)になる可能性が大きいことを知っているのだろうか。習近平氏に忖度し続けるWHOのテドロス氏は信用できない。安倍官邸・加藤厚労相の「可能な限り感染拡大の増加を抑制させる?」は、出来なかったらごめんなさい、とも受け取れる。要するに政府は体力のある上場企業のテレワークを推奨しているが、残りの99.9%の国民は一体どうすればいいのか。。。。その指針がまったくない。私たちは見殺しなのか。。。民間に丸投げ対応では拡散はどんどん進むだろう。PCR検査は韓国では4万人以上済ませているのに、日本はまだその7分の1というのは如何なものか。政府がオリパラ対策で出来るだけ感染者の数を少なく見せようとしているのが見え見えだ。自民党内に媚中派親中派の勢いがあり、未だに中国からの入国拒否をしていないのは日本国民にとって誠に脅威で本当に不条理と言うほかはない。安倍官邸が権力の私物化維持と習政権への忖度で、武漢肺炎の防波堤を築かないという政策があるとすれば、世界や日本の文明の破滅を幇助しているという歴史的行為は許されるべきではない。安倍総理が2月29日、一斉休校やコロナ感染自粛関連の会見を行ったが、未だに一日あたり1000人もある中国大陸からの入国者を拒否していないのは一体何故なのか。年齢の低い層は感染の比率が低く、学校を休み、家族で何週間も一緒に過ごすほうが子供を巻き込み、よほど危険ではないだろうか。感染はすべて大人が方々に持ち込むものだからだ。納得のいく説明をしないのはなぜなのか。野党は国会ではそういう質問はしないのか。日本政府の中国依存の観光客経済政策・習近平政権への忖度・2020五輪開催優先などより国民の生命が大事なはずだが、その方面の会見が優先すべきだったのではないだろうか。クラスター感染の大元を絶たずに自粛・避難だけでは感染は拡大する一方で、終息どころではなくなってしまった。春休み以降で終息する気配はない。感染のスピードを抑えピークをできるだけ後にもっていく腹づもりのようだが、そうすると五輪開催と限りなくバッティングすることになる。PCR検査のキャパシティがあっても、医療機関(官僚)のやる気がなければやれないのとおなじで、韓国の対応力は日本より数倍優れていることわかった。有事の際でも日本は韓国や北朝鮮にはスピード感ではとてもかなわないのではないか。台湾に至っては韓国のはるか上を行く対応力はものすごさを感じる。日本は極東ではランクは最低とみる。日本のリーダーの実態を目にした諸外国のメディアからは冷たい視線が襲ってくる。新型コロナウイルスでの保護者休業助成金の国の予算が2700億円では少なすぎる。せめて10兆円くらいの手厚い保障が必要だ。自営業者・フリー・中高生以上は助成金の対象外というのは格差の象徴とも言え、大きな不満と波紋を呼ぶだろう。

 

 

 

<第二十章:その三>

武漢でのウイルス研究所から実験済みの動物が海鮮市場に持ち出され、それ以後拡散されたという見方は正しいのかそうではないのか真偽の程はわからないが、真相が究明されない限り、各方面の憶測や推理・観測などで進むしかない。安倍官邸が新型肺炎の餌食になっているという憶測は必ずしもまちがっているとはいえない。トランプ大統領だって高齢(元気そうだが)で、ホワイトハウス内でも濃厚接触者がおり、感染していないという保障はどこにもない。安倍官邸にも感染者がいるので、どうなっているのか気になるところだ。。。。。

 2020東京五輪開催はこのままいけば中止となるにちがいない。いくら開催国の日本が強気に開催を主張しても、決裁権はIOCにある。そのIOCが決定するためのキャスティングボートを握っているのがWHOで、その蔭で影響力を強く持っているのが中国という図式となる。パンデミック(世界的大流行)がWHOから表明された。おそらく武漢肺炎の終息は最低でも一年は見ておいたほうがいい。そうすると、おのずとIOCとしては開催するわけにはいかなくなる。五輪中止による経済的な損失より、武漢肺炎は人の命にかかわるものだからそうせざるを得ない決断に迫られることは明白だ。中止になった場合、日本経済への影響は三十兆円規模になるとの観測だが、シンクタンクの予測は当てにしてはいけない。五輪開催中での観光客の規模は二週間ほどなので経済効果はたいしたものではない。オリンピック委員会理事の高橋氏が「コロナウイルスで開催できなかった場合、一,二年の延期も視野に入れるべきだ」と発言した。これにはIOCに対しての越権行為というべきもので、日本には決裁権がないのを認識しているのだろうか。それよりも高橋氏は2020五輪誘致での裏金問題でのキーマンだ。開催されなくなったらこれまでの水面下での実績(?)が無駄となることがめいはくであることから、開催中止はあってはならないということなだろう。以前から五輪経済のレガシー効果とは言うけれども、その数値とて「トラタヌ」の域を出ていない。二年前にすでに五輪特需は終わっている見方もある。新国立競技場が五輪招致プレゼンで建設を忠実に実行していたなら、たとえ」中止になったとしても、世界初の開閉式五輪スタジアムというレガシーは半永久的に存在したはずだった。その五輪の聖地を勝手に白紙に戻し、便座風の世界に恥じる競技場を作ってしまった。世論では五輪中止の予感はそのときから出ていたといえる。今回世界的な新型コロナ感染で騒いではいるが、そうでなくても別の要素で同じような環境になっていたと思う。まさにファイナル・デッド・オリンピアだ。

 

 

<第二十章:その四>

14世紀のパクスモンゴリカと21世紀のパクスチャイナの共通点を考察する。ペスト(黒死病)の発生源は中国の浙江流域で、1334年で500万人の死者が疫病で亡くなったと漢書で記されていて、イタリア(ベネチア)でのペストが広まったのは12年後で、疫病が広まると終息するまでの期間がいかに長いものであるかがわかる。当時のモンゴル帝国が世界覇権で唸っていた頃だが、それをパクス・モンゴリカ「モンゴルの平和」と歴史上ではうたわれている。21世紀の現代ではパクス・アメリカーナの時代が長期に及んで世界を牽引していたが、中国の台頭に迫られ、700年前の元王朝を意識してか、習近平皇帝(?)は一帯一路構想で第二のパクス・モンゴリカならぬパクスチャイナの思惑を絡めているなかで、新型コロナウイルスパンデミックスが起こっている。フェイクニュースで中国側が意図的にウイルスをまき散らしたとか、細菌兵器の開発中の何かが市中に漏れてしまったとか言われているが、実際のところ、中国側が情報を表に出さないので真実はわからない。意図的にまき散らしても一番困るのは当事者で、国家の存亡にもかかわってくるから、政治学的には常識ではあり得ない。

IOCは五輪の絶対的な権限を持っているが、新型ウイルスだろうが戦争だろうが、安倍首相は大会の中止や延期の主張を我慢してするべきではなかったと思っている。なぜなら五輪主催者のIOCが誘致開催都市が白旗をあげたら、意に沿う形で譲歩はするだろうが、実際この時点で費用負担はIOCからはなくなってしまう。なぜならIOC自らが東京都に延期や中止を打診していないからだ。今後、負担経費などでは、IOC側とは大もめになるだろうが、費用は自ら延期を言い出した日本であることは免れない。案の定、バッハ会長は延期に伴う費用は日本の納税者だという。IOCの腹は保険の補填で五輪の延期や中止でもちっとも痛まないシステムになっているのだ。五輪の放映権を2032年まで独占している米国のテレビ局も保険でちっとも腹が痛まない。つまり安倍首相は交渉での力関係や心理戦にはどうも疎いらしいということになる。日本政府は国民や国家の安全や発展を願うのだったら、批判は浴びつつも最後まで通常の開催まで形だけでも、ベストを尽くすパフォーマンスをすべきだった。各国首脳はいま五輪どころではないし、自国の新型ウイルス退治に躍起になっているなか、日本も五輪は大事ではあるけれども、人の命を優先に事を構え行動していくのが為政者として理にかなってはいるというのが大方の国民の気持ちだと思う。専門家の間では新型ウイルスの終息には一年半から二年はかかるといわれているし、延期は2021年ではなく、おそらく2022年となる可能性は高い。2022年では北京冬季五輪と夏期五輪(2020東京五輪という名称かは不明)の同時開催があるかもしれない。

 

<第二十章:その五>

 

 新型コロナウイルスの感染が日増しに拡大している。2020年4月2日現在、世界での感染者数が100万人を超えた。感染発祥の地、中国当局では情報操作で少なめの感染状況を公表しているようだが、本当の感染者数と死亡者数はわからない。数値が全く変化しないのは異常だ。2021年7月23日は中国共産党創立100周年の特別な日で、偶然にもこの日には2020東京五輪の延長開催の開会式にあたる。今後一波乱も二波乱もありそうな気がする。ともすれば幻の2020東京五輪だったと未来の歴史書には記されているかもしれない。

。人類は有史以来ウイルスとの戦いを続けてきた。地球の自然界の摂理は種(人類)の存続の鍵を握っているといわれる。種の数の(人口)調整のために地球の自然が身を守るためにウイルスを解き放ったとはいくら何でも考えたくはない。

2月の下旬に銀座八丁目のクラブ銀座ブレアなどではしご酒をしていた、志村けんさん。以前、日頃仕事でその界隈を通る機会がある自分にとっては、気になるところだ。彼の関係したクラブ数軒は営業停止中とのことだが、銀座界隈で働いている夜の従業員は軽く見積もって、何千人何万人と見られており、自粛だろうが緊急事態だろうが、彼らはその日の稼ぎがなければ生きてはいけない。政府の生活保障がないうちは背に腹は替えられないのだと思う。以前仕事のお付き合いで個人的に銀座のクラブに出入りしていた時代があるが(今は卒業したが)、今でも銀座のママの気構えは相変わらず高いようだ。顧客によっては大臣だろうが経営者だろうがどこかの幹部だろうが、諫言の手は緩めない銀座の夜の伝統的な空気がある。それでいて他言無用という徹底した一見さんお断りスタンスは健在だ。それが夜の銀座の世界を維持しているのだろう。

各国のリーダーはコロナ対策として、自粛と生活保障をセットで対応しているが、安倍首相にはG7という首脳の立場にいながら、なおも、国民への安心料としての保証給付はやらないようだ。ならば、現場としてはコロナ感染などお構いなしで、自粛などには構ってはいられないというのが、大方の意見だろうと思う。米国では失業者には週600ドルの給付金、年収7万5000ドル以下の世帯には1200ドルの給付金を決めている。イギリスではフリーランスには八割保証月33万円の給付、ドイツでは自営業者に対して三ヶ月で108万円の給付金、フランスでは月18万円の給付という具合に早々と決定済みだ。日本は国民への直接現金給付はしないで、フリーランスに対して一日4100円、月にして8万円では、自粛しようにも出来ない現実がある。政府が保証しない以上、感染などには構ってはいられない。緊急事態宣言になろうがロックダウンになろうが、日々命がけで仕事に臨む以外手がないのが現状なのだ。海外に比べてあまりにもチマチマした政に辟易しているのは私だけではあるまい。首相の唐突とした布製マスク一世帯二枚配布はやめたほうがいい。布製マスクについてはWHOはいかなる場合でも推奨しないといっているからだ。2009年にリーマンショック後の経済の立て直しの一環として、麻生内閣で国民一人あたり12000円の定額給付があったが、これには麻生氏は失敗だったと言ってはいる。麻生内閣では、1)給付の条件として納税義務の有無は問わない、2)日本に住民票のある外国人にも支給、などと訳のわからない中途半端な給付条件と少額が失敗の原因だったと思う。今こそ100年に一度の大盤振る舞いを躊躇することなく実行すべきだ。政府が国民の命と生活を守ろうとするなら、今すぐ「同情するなら金をくれ」というのが国民の気持ちと言えそうだ。国民の税金でもらっている生活保護世帯は収入減とは関係ないし、公務員は安定収入、国会議員や地方の代議士は全員高報酬だから給付の対象外としてもいい。介護や医療関係・フリーランス・一般企業の社員などは、税金を真面目に納めている。緊急事態のコロナ対策では一律20万円の給付を行うにはゴミみたいな補正予算額ではとても賄えない。一般会計並みの規模が必要だろう。非正規労働者や一定程度の年収の世帯には一律に定額給付をすべきだ。住民税非課税世帯は年収は少ないが減少はしていないはずだから、給付は対象外とすべきであり、世帯単位での自己申告というのは曖昧で、手続きの段階で混乱し、ほとんどの人が給付対象外となる可能性は大いにある。つまりはもらえないということになる。

 

 

 

<第二十章:その六>

 

「断続的なソーシャル・ディスタンシング」という言葉が街角を徘徊している。ソーシャル・ディスタンシングとは、公衆衛生上の用語で、感染防止のため人と人との一定の距離を保つというものだそうだ。米国の大学の研究班が2022年まで新型コロナウイルス感染の終息が終わらないという論文を出した。だとすると2021年の東京五輪延期開催は危ういということになる。中止では保険は下りるが延期では下りないIOCだが、建前上延期の方向で行くとは言ってはいるが、おそらく虎視眈々と中止への模索をしているにちがいない。確かにここまで感染が拡大したらもはや五輪どころではない。コロナ以前の世界は戻ってくる保証はどこにもない。早期のコロナ終息後は誰もが願うところだが、史上最強の見えない敵との全面戦争といっても、今の人類の力では逃げ惑うしか術がない。ノーベル賞が儀式的になりエンターテインメント体質となっており、今そこにある人類の危機を解決できる組織からはほど遠いものとなっている。人類の課題を解決できる英知となるものであってほしいものだ。このところ新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、やたらカタカナ用語を目にすうようになった。パンデミックス(世界的大流行)とかクラスター(感染拡大集団)とか、オーバーシュート(感染者の爆発的急増とか)、ロックダウン(都市封鎖)とか自慢下に言われても日本人としてはいささかピンとこないのが正直な気持ちといえる。横文字の意味もわからず日々ストレスが溜まっている人がなんと多いことか。

2020年4月17日現在、日本では緊急事態宣言が出てもなかなか感染者数と死者の勢いが止まらない。安倍首相が一週間前に七都道府県に緊急事態宣言を出したが、各地への相互移動が止まらず、完成経路不明が七割から八割いて、感染拡大に拍車がかかっている。小池都知事は5月六日まで業種を選定して休業要請を行い、協力者には50万円から100万円の協力金を出すという。政府が国民に七割八割の自粛とテレワークを唱えるが、生活保障のない自粛要請では誰も協力などしない。案の定、都内でもある駅では乗降客はいつもと変わらない通勤者でいっぱいだ。みんなどう暮らして行けばいいか必死に喘いでいる中、安倍首相が「貴族動画」を人気アーティストに承諾を得ずに投稿する姿は、もはやフランス革命級の非難が投げかけられている。全世界での感染者数はすでに210万人超となり、死者も14万人超となっている。アフリカ大陸では今後数百万人の感染が予測されている。ロシアでも感染が拡大している。米国では特に悲惨だ。昨年から今年の2月かけて中国から米国に渡航したのはなんと四十万人とも五十万人とも言われ、その結果が現在の状況を作っていることだけは確かなようだ。公明党の決死の安倍総理への直談判で国民一人あたり(外国人籍も含む)10万円の現金給付が決定したが、正直あまりに遅すぎた感は否めない。通勤自粛七割八割と言われても、達成するのは難しいだろう。このまま、感染拡大がおさまらないとなれば、全国民に強制的な外出禁止令を出さざるを得なくなる事態になる。感染拡大が収まらず、そのうち10万円給付とか協力金なんとていってられなくなる日がくるかもしれない。しかし、中国からの全面渡航禁止措置が未だにはとられていないのはどうにも腑に落ちない。感染が止まらないひとつの原因にもなっているのではないかと思う。

 

Behind the story 2020tokyo-20-1-5

■「初めて読まれる方へ」■

この小説はノンフィクションでありながらフィクションの要素がふんだんに入っている。時代への諫言と提言、そして娯楽性との均衡を意識しながらのエンターテインメント・ストーリーである。

<ストーリー展開>

小学生時代からの幼なじみである船橋君とは、偶然にも中堅の広告代理店の同期入社となる。その15年後、船橋君の長女みどり君は名門のプロテスタント中高一貫校の学生になり、彼女は深田恭子似の絶世の美女に育っていた。私は美大で油彩を学び、船橋君は某東京六大学商学部で学んだ。みどり君と私はピュアな慕情関係となってしまった。私の娘千鶴もみどり君の学校で一緒だが仲は余り良くない。それから数年後、2013年に2020夏季五輪の開催が東京に決定。すでに都庁に就職していたみどり君は五輪準備委員会のメンバーとなった。だが、東京に決定したとは言え、難問が次から次と津波のようにみどり君に押し寄せる。2019年の終わり頃から発生した武漢肺炎の拡散が世界的に拡散している。終息までには少なくても一年はかかるとされており、2021年に前代未聞の延期になった。しかし、同時期には世界陸上中国共産党創立100周年祭がバッティングする事態となった。各イベントの主催者側との調整は難航を極めるだろう。2020東京五輪は2022年に延期される可能性は大いにあるが、幻の大会に終わる可能性は排除できないでいる。人類は有史以来ウイルスとの戦いを続けてきた。地球の自然界の摂理は種(人類)の存続の鍵を握っているといわれる。種の数の(人口)調整のために地球の自然が身を守るためにウイルスを解き放ったとはいくら何でも考えたくはない。とにかく新型コロナウイルスの感染拡散の中、Behind the Story 2020tokyoでこの現実を追い続けるのは、時代の証言者としての責務でもある。開催までの出来事とフィクションでのエンターテインメント性を織り交ぜながら話を進めていく。2013年から2021年(あるいは2022年)までの五輪に対しての時系列的な記憶の手助けになればと思っている。

 

 

★目次・進捗状況★

「はい、こちら2020東京五輪」(Behind the Story 2020tokyo)

<2015年~2021年7月の開催日まで継続予定です>

■[2015]第一章 その一~その八

■[2016」第四章から第七章

■[2017」第八章から第十章

■[2018」第十一章から第十三章

■[2019」第十四章から第十八章

■[2020」第十九章から第二十二章

■[2021」第二十三章から第二十五章

■[2022」第二十六章から最終章

 

 

<登場人物>

 

・私:中山正輝

・私の妻:恵理子(野猿系)

・私の長女:千鶴(野猿系)

・同僚:船橋真吾(イケメン系:代表権のないくろくま広告社社長)

船橋くんの妻:美智子夫人(ハイソ系:くろくま広告社会長<実質的な経営者>)

船橋くんの娘:絶世の美女:みどり君

・銀座マネキン嬢(昼は銀座通りのマネキン嬢、夜は銀座のサロン嬢:ユキ、ナオミ、サトミ、ミキ他。全員国立大出身のインテリ)

安土城天守閣での時空を超えた歴史上の人物の面々。

美大の後輩:安藤(アートディレクター、ソラミミスト今東光似の毒舌家)

・くろくま広告社元会長:広瀬弘文(美智子夫人の父)

・銀座の若旦那衆他

霞ヶ関官僚、国会議員他

・その他随増殖・・

 

 

「はい、こちら2020東京五輪」(Behind the Story 2020tokyo)

 

 

第二十章(最終章)「ハムレットの2020tokyo」

 

 

<第二十章:その一>

 

 

2020年3月になっても、日本政府は中国からの渡航者を団体以外はいまでも許可している。横浜のクルーズ船の乗客もどんどん下船させており、いつ陽性になるかわからない陰性者に公共交通機関利用の許可を出しているというのは、甚だ常軌を逸している。国内での爆発感染を助長させるだけという結果になるかもしれない。現在でも日本国中に中国(もしくは他からの経由で入国)からの渡航者を許しているということは、パンデミックを促しているようなものだ。総理が前日までの専門家会議でも盛られていない公立の小中高の一時休校を突如として発表した。幼稚園・保育園・学童保育は対象外という中途半端な政治判断といっていいだろう。専門家の間では感染しているしていないにかかわらず全校一斉休校という独断採決は賛否が拮抗している。いくら各方面のイベントを自粛させたり、公立小中高(私立は別)の二週間の休校を急遽要請しても焼け石に水だ。首相側近の議員数人が一斉休校・イベント自粛要請の渦のなかでも、立食パーティーを敢行したそうだがまったくふざけた話だ。首相の要請はあくまでも要請で法律での命令ではない。臨時休校は各自治体が独自で判断すればいいだけの話なのだ。政府が政治判断で責任をとるとは言ってはいるが、緊急予算を組んでの休業補償・学業への対応が具体的にあるのか疑わしい。それよりも中国からの全面入国禁止措置をとることが先決だと誰もがそう感じている。第二の武漢化を韓国と競っている訳ではないのだろうが、両国は中国からの渡航全面禁止措置を未だにとっていないという事もあり、そのことが感染拡大の起因ともなっている。韓国では簡易検査キットが充実していて、議会での迅速な対応も効を奏して感染者の把握・管理の徹底化が進んでいるが、日本は真逆の方に向かっていているのは誠に残念だ。ジャーナリズム精神を失ったマスメディアは何故もって官邸に忖度する報道しかやらないんだろうか。彼らはもはや第四の権力を、SNSネットユーザーやブロガー、YouTuberにその地位を奪われつつある。しかしそれは自然の理であるのかもしれない。一番国民が怒っているのは、政府の新型コロナウイルス対策の姿勢にある。官邸が中国からの全面入国禁止をせず、一般市民に自粛や我慢を強制し、ワクチンや治療薬がない状況で自己責任を押しつけるというのは、国のリーダー不在という各国からのレッテルを貼られても文句は言えない。日本人の海外渡航禁止が現実味を帯びてきた。遠からず米国は日本人の入国禁止措置に踏み切らざるを得なくなる。レベル3は目の前にある。日本列島そのものがクルーズ船のような重大感染国にならないことを祈るばかりだが、今の政権では全く解決しないだろう。国内では五輪開催は当然やるものと楽観視はしない方がいい。覚悟はいつでも心のなかでしておいたほうがショックは少なくなるに違いない。とにもかくにも政府の毅然としたリーダーシップがいまほど大事な時はない。

 

 

 

<第二十章:その二>

 

 

電通の社員が19日から入院、濃厚接触者は4人は自宅隔離中。汐留の5000人の社員はすべてテレワークのようだが、それが出来る企業は羨ましい。まさしく上級国民だ。電通陽性社員はオリパラの聖火リレー推進担当部署だった。電通社員が打ち合わせで今日も明日も都庁に出向くらしい。3月からの聖火リレーは絶対やめるべきだ。電通派遣の加藤五輪事務局長の個人的な意見だろうが、それがパンデミック(世界的大流行)になる可能性が大きいことを知っているのだろうか。習近平氏に忖度し続けるWHOのテドロス氏は信用できない。安倍官邸・加藤厚労相の「可能な限り感染拡大の増加を抑制させる?」は、出来なかったらごめんなさい、とも受け取れる。要するに政府は体力のある上場企業のテレワークを推奨しているが、残りの99.9%の国民は一体どうすればいいのか。。。。その指針がまったくない。私たちは見殺しなのか。。。民間に丸投げ対応では拡散はどんどん進むだろう。PCR検査は韓国では4万人以上済ませているのに、日本はまだその7分の1というのは如何なものか。政府がオリパラ対策で出来るだけ感染者の数を少なく見せようとしているのが見え見えだ。自民党内に媚中派親中派の勢いがあり、未だに中国からの入国拒否をしていないのは日本国民にとって誠に脅威で本当に不条理と言うほかはない。安倍官邸が権力の私物化維持と習政権への忖度で、武漢肺炎の防波堤を築かないという政策があるとすれば、世界や日本の文明の破滅を幇助しているという歴史的行為は許されるべきではない。安倍総理が2月29日、一斉休校やコロナ感染自粛関連の会見を行ったが、未だに一日あたり1000人もある中国大陸からの入国者を拒否していないのは一体何故なのか。年齢の低い層は感染の比率が低く、学校を休み、家族で何週間も一緒に過ごすほうが子供を巻き込み、よほど危険ではないだろうか。感染はすべて大人が方々に持ち込むものだからだ。納得のいく説明をしないのはなぜなのか。野党は国会ではそういう質問はしないのか。日本政府の中国依存の観光客経済政策・習近平政権への忖度・2020五輪開催優先などより国民の生命が大事なはずだが、その方面の会見が優先すべきだったのではないだろうか。クラスター感染の大元を絶たずに自粛・避難だけでは感染は拡大する一方で、終息どころではなくなってしまった。春休み以降で終息する気配はない。感染のスピードを抑えピークをできるだけ後にもっていく腹づもりのようだが、そうすると五輪開催と限りなくバッティングすることになる。PCR検査のキャパシティがあっても、医療機関(官僚)のやる気がなければやれないのとおなじで、韓国の対応力は日本より数倍優れていることわかった。有事の際でも日本は韓国や北朝鮮にはスピード感ではとてもかなわないのではないか。台湾に至っては韓国のはるか上を行く対応力はものすごさを感じる。日本は極東ではランクは最低とみる。日本のリーダーの実態を目にした諸外国のメディアからは冷たい視線が襲ってくる。新型コロナウイルスでの保護者休業助成金の国の予算が2700億円では少なすぎる。せめて10兆円くらいの手厚い保障が必要だ。自営業者・フリー・中高生以上は助成金の対象外というのは格差の象徴とも言え、大きな不満と波紋を呼ぶだろう。

 

 

 

<第二十章:その三>

武漢でのウイルス研究所から実験済みの動物が海鮮市場に持ち出され、それ以後拡散されたという見方は正しいのかそうではないのか真偽の程はわからないが、真相が究明されない限り、各方面の憶測や推理・観測などで進むしかない。安倍官邸が新型肺炎の餌食になっているという憶測は必ずしもまちがっているとはいえない。トランプ大統領だって高齢(元気そうだが)で、ホワイトハウス内でも濃厚接触者がおり、感染していないという保障はどこにもない。安倍官邸にも感染者がいるので、どうなっているのか気になるところだ。。。。。

 2020東京五輪開催はこのままいけば中止となるにちがいない。いくら開催国の日本が強気に開催を主張しても、決裁権はIOCにある。そのIOCが決定するためのキャスティングボートを握っているのがWHOで、その蔭で影響力を強く持っているのが中国という図式となる。パンデミック(世界的大流行)がWHOから表明された。おそらく武漢肺炎の終息は最低でも一年は見ておいたほうがいい。そうすると、おのずとIOCとしては開催するわけにはいかなくなる。五輪中止による経済的な損失より、武漢肺炎は人の命にかかわるものだからそうせざるを得ない決断に迫られることは明白だ。中止になった場合、日本経済への影響は三十兆円規模になるとの観測だが、シンクタンクの予測は当てにしてはいけない。五輪開催中での観光客の規模は二週間ほどなので経済効果はたいしたものではない。オリンピック委員会理事の高橋氏が「コロナウイルスで開催できなかった場合、一,二年の延期も視野に入れるべきだ」と発言した。これにはIOCに対しての越権行為というべきもので、日本には決裁権がないのを認識しているのだろうか。それよりも高橋氏は2020五輪誘致での裏金問題でのキーマンだ。開催されなくなったらこれまでの水面下での実績(?)が無駄となることがめいはくであることから、開催中止はあってはならないということなだろう。以前から五輪経済のレガシー効果とは言うけれども、その数値とて「トラタヌ」の域を出ていない。二年前にすでに五輪特需は終わっている見方もある。新国立競技場が五輪招致プレゼンで建設を忠実に実行していたなら、たとえ」中止になったとしても、世界初の開閉式五輪スタジアムというレガシーは半永久的に存在したはずだった。その五輪の聖地を勝手に白紙に戻し、便座風の世界に恥じる競技場を作ってしまった。世論では五輪中止の予感はそのときから出ていたといえる。今回世界的な新型コロナ感染で騒いではいるが、そうでなくても別の要素で同じような環境になっていたと思う。まさにファイナル・デッド・オリンピアだ。

 

 

<第二十章:その四>

14世紀のパクスモンゴリカと21世紀のパクスチャイナの共通点を考察する。ペスト(黒死病)の発生源は中国の浙江流域で、1334年で500万人の死者が疫病で亡くなったと漢書で記されていて、イタリア(ベネチア)でのペストが広まったのは12年後で、疫病が広まると終息するまでの期間がいかに長いものであるかがわかる。当時のモンゴル帝国が世界覇権で唸っていた頃だが、それをパクス・モンゴリカ「モンゴルの平和」と歴史上ではうたわれている。21世紀の現代ではパクス・アメリカーナの時代が長期に及んで世界を牽引していたが、中国の台頭に迫られ、700年前の元王朝を意識してか、習近平皇帝(?)は一帯一路構想で第二のパクス・モンゴリカならぬパクスチャイナの思惑を絡めているなかで、新型コロナウイルスパンデミックスが起こっている。フェイクニュースで中国側が意図的にウイルスをまき散らしたとか、細菌兵器の開発中の何かが市中に漏れてしまったとか言われているが、実際のところ、中国側が情報を表に出さないので真実はわからない。意図的にまき散らしても一番困るのは当事者で、国家の存亡にもかかわってくるから、政治学的には常識ではあり得ない。

IOCは五輪の絶対的な権限を持っているが、新型ウイルスだろうが戦争だろうが、安倍首相は大会の中止や延期の主張を我慢してするべきではなかったと思っている。なぜなら五輪主催者のIOCが誘致開催都市が白旗をあげたら、意に沿う形で譲歩はするだろうが、実際この時点で費用負担はIOCからはなくなってしまう。なぜならIOC自らが東京都に延期や中止を打診していないからだ。今後、負担経費などでは、IOC側とは大もめになるだろうが、費用は自ら延期を言い出した日本であることは免れない。案の定、バッハ会長は延期に伴う費用は日本の納税者だという。IOCの腹は保険の補填で五輪の延期や中止でもちっとも痛まないシステムになっているのだ。五輪の放映権を2032年まで独占している米国のテレビ局も保険でちっとも腹が痛まない。つまり安倍首相は交渉での力関係や心理戦にはどうも疎いらしいということになる。日本政府は国民や国家の安全や発展を願うのだったら、批判は浴びつつも最後まで通常の開催まで形だけでも、ベストを尽くすパフォーマンスをすべきだった。各国首脳はいま五輪どころではないし、自国の新型ウイルス退治に躍起になっているなか、日本も五輪は大事ではあるけれども、人の命を優先に事を構え行動していくのが為政者として理にかなってはいるというのが大方の国民の気持ちだと思う。専門家の間では新型ウイルスの終息には一年半から二年はかかるといわれているし、延期は2021年ではなく、おそらく2022年となる可能性は高い。2022年では北京冬季五輪と夏期五輪(2020東京五輪という名称かは不明)の同時開催があるかもしれない。

 

<第二十章:その五>

 

新型コロナウイルスの感染が日増しに拡大している。2020年4月2日現在、世界での感染者数が100万人を超えた。感染発祥の地、中国当局では情報操作で少なめの感染状況を公表しているようだが、本当の感染者数と死亡者数はわからない。数値が全く変化しないのは異常だ。2021年7月23日は中国共産党創立100周年の特別な日で、偶然にもこの日には2020東京五輪の延長開催の開会式にあたる。今後一波乱も二波乱もありそうな気がする。ともすれば幻の2020東京五輪だったと未来の歴史書には記されているかもしれない。

2月の下旬に銀座八丁目のクラブ銀座ブレアなどではしご酒をしていた、志村けんさん。以前、日頃仕事でその界隈を通る機会がある自分にとっては、気になるところだ。彼の関係したクラブ数軒は営業停止中とのことだが、銀座界隈で働いている夜の従業員は軽く見積もって、何千人何万人と見られており、自粛だろうが緊急事態だろうが、彼らはその日の稼ぎがなければ生きてはいけない。政府の生活保障がないうちは背に腹は替えられないのだと思う。以前仕事のお付き合いで個人的に銀座のクラブに出入りしていた時代があるが(今は卒業したが)、今でも銀座のママの気構えは相変わらず高いようだ。顧客によっては大臣だろうが経営者だろうがどこかの幹部だろうが、諫言の手は緩めない銀座の夜の伝統的な空気がある。それでいて他言無用という徹底した一見さんお断りスタンスは健在だ。それが夜の銀座の世界を維持しているのだろう。

各国のリーダーはコロナ対策として、自粛と生活保障をセットで対応しているが、安倍首相にはG7という首脳の立場にいながら、なおも、国民への安心料としての保証給付はやらないようだ。ならば、現場としてはコロナ感染などお構いなしで、自粛などには構ってはいられないというのが、大方の意見だろうと思う。米国では失業者には週600ドルの給付金、年収7万5000ドル以下の世帯には1200ドルの給付金を決めている。イギリスではフリーランスには八割保証月33万円の給付、ドイツでは自営業者に対して三ヶ月で108万円の給付金、フランスでは月18万円の給付という具合に早々と決定済みだ。日本は国民への直接現金給付はしないで、フリーランスに対して一日4100円、月にして8万円では、自粛しようにも出来ない現実がある。政府が保証しない以上、感染などには構ってはいられない。緊急事態宣言になろうがロックダウンになろうが、日々命がけで仕事に臨む以外手がないのが現状なのだ。海外に比べてあまりにもチマチマした政に辟易しているのは私だけではあるまい。首相の唐突としたマスク二枚配布の意味がよくわからない。布製マスクはWHOは非推奨にもかかわらずだ。2009年にリーマンショック後の経済の立て直しの一環として、麻生内閣で国民一人あたり12000円の定額給付があったが、これには麻生氏は失敗だったと言ってはいる。麻生内閣では、1)給付の条件として納税義務の有無は問わない、2)日本に住民票のある外国人にも支給、などと訳のわからない中途半端な給付条件と少額が失敗の原因だったと思う。今こそ100年に一度の大盤振る舞いを躊躇することなく実行すべきだ。政府が国民の命と生活を守ろうとするなら、今すぐ「同情するなら金をくれ」というのが国民の気持ちと言えそうだ。国民の税金でもらっている生活保護世帯は収入減とは関係ないし、公務員は安定収入、国会議員や地方の代議士は全員高報酬だから給付の対象外としてもいい。介護や医療関係・フリーランス・一般企業の社員などは、税金を真面目に納めている。緊急事態のコロナ対策では一律20万円の給付を行うにはゴミみたいな補正予算額ではとても賄えない。一般会計並みの規模が必要だろう。非正規労働者や一定程度の年収の世帯には一律に定額給付をすべきだ。住民税非課税世帯は年収は少ないが減少はしていないはずだから、給付は対象外とすべきであり、世帯単位での自己申告というのは曖昧で、手続きの段階で混乱し、ほとんどの人が給付対象外となる可能性は大いにある。つまりはもらえないということになる。

 

 

志村けんさんの密空間。

 新型コロナウイルスの感染が日増しに拡大している。世界での感染者数が100万人を超えるのは時間の問題だ。感染発祥の地、中国当局は情報操作で少なめの感染状況を公表しているようだが、本当の感染者数と死亡者数はわからない。

 2月の下旬に銀座八丁目のクラブ銀座ブレアなどではしご酒をしていた、志村けんさん。日頃仕事でその界隈を通る機会がある自分にとっては、気になるところだ。彼の関係したクラブ数軒は営業停止中とのことだが、銀座界隈で働いている夜の従業員は軽く見積もって、何千人何万人と見られており、自粛だろうが緊急事態だろうが、彼らは目先の稼ぎがなければ生きてはいけない。政府の生活保障がないうちは背に腹は替えられないのだと思う。以前仕事のお付き合いで個人的に銀座のクラブに出入りしていた時代があるが(今は卒業したが)、今でも銀座のママの気構えは相変わらず高いようだ。顧客によっては大臣だろうが経営者だろうがどこかの幹部だろうが、諫言の手は緩めない銀座の夜の伝統的な空気がある。それでいて他言無用という徹底した一見さんお断りスタンスは健在だ。それが夜の銀座の世界を維持しているのだろう。

 各国のリーダーは生活保障をセットで対応しているが、安倍首相にはG7という首脳の立場にいながら、なおも、国民への安心料としての保証給付はやらないらしい。ならば、現場としてはコロナ感染などお構いなしで、自粛などには構ってはいられないというのが、大方の意見だろうと思う。米国では失業者には週600ドルの給付金、年収7万5000ドル以下の世帯には1200ドルの給付金を決めている。イギリスではフリーランスには八割保証月33万円の給付、ドイツでは自営業者に対して三ヶ月で108万円の給付金、フランスでは月18万円の給付という具合に早々と決定済みだ。日本は国民への直接現金給付はしないで、フリーランスに対して一日4100円、月にして8万円では、自粛しようにも出来ない現実がある。政府が保証しない以上、感染などには構ってはいられない。緊急事態宣言になろうがロックダウンになろうが、日々命がけで仕事に臨む以外手がないのが現状なのだ。海外に比べてあまりにもチマチマした政に辟易しているのは私だけではあるまい。首相の唐突としたマスク二枚配布の意味がよくわからない。政府が国民の命と生活を守ろうとするなら、今すぐ「同情するなら金をくれ」というのが国民の気持ちと言えそうだ。

 

Behind the story 2020tokyo-20-3,20-4

<第二十章:その三>

 

武漢でのウイルス研究所から実験済みの動物が海鮮市場に持ち出され、それ以後拡散されたという見方は正しいのかそうではないのか真偽の程はわからないが、真相が究明されない限り、各方面の憶測や推理・観測などで進むしかない。安倍官邸が新型肺炎の餌食になっているという憶測は必ずしもまちがっているとはいえない。トランプ大統領だって高齢(元気そうだが)で、ホワイトハウス内でも濃厚接触者がおり、感染していないという保障はどこにもない。安倍官邸にも感染者がいるので、どうなっているのか気になるところだ。。。。。

 2020東京五輪開催はこのままいけば中止となるにちがいない。いくら開催国の日本が強気に開催を主張しても、決裁権はIOCにある。そのIOCが決定するためのキャスティングボートを握っているのがWHOで、その蔭で影響力を強く持っているのが中国という図式となる。パンデミック(世界的大流行)がWHOから表明された。おそらく武漢肺炎の終息は最低でも一年は見ておいたほうがいい。そうすると、おのずとIOCとしては開催するわけにはいかなくなる。五輪中止による経済的な損失より、武漢肺炎は人の命にかかわるものだからそうせざるを得ない決断に迫られることは明白だ。中止になった場合、日本経済への影響は三十兆円規模になるとの観測だが、シンクタンクの予測は当てにしてはいけない。五輪開催中での観光客の規模は二週間ほどなので経済効果はたいしたものではない。オリンピック委員会理事の高橋氏が「コロナウイルスで開催できなかった場合、一,二年の延期も視野に入れるべきだ」と発言した。これにはIOCに対しての越権行為というべきもので、日本には決裁権がないのを認識しているのだろうか。それよりも高橋氏は2020五輪誘致での裏金問題でのキーマンだ。開催されなくなったらこれまでの水面下での実績(?)が無駄となることがめいはくであることから、開催中止はあってはならないということなだろう。以前から五輪経済のレガシー効果とは言うけれども、その数値とて「トラタヌ」の域を出ていない。二年前にすでに五輪特需は終わっている見方もある。新国立競技場が五輪招致プレゼンで建設を忠実に実行していたなら、たとえ」中止になったとしても、世界初の開閉式五輪スタジアムというレガシーは半永久的に存在したはずだった。その五輪の聖地を勝手に白紙に戻し、便座風の世界に恥じる競技場を作ってしまった。世論では五輪中止の予感はそのときから出ていたといえる。今回世界的な新型コロナ感染で騒いではいるが、そうでなくても別の要素で同じような環境になっていたと思う。まさにファイナル・デッド・オリンピアだ。

 

 

<第二十章:その四>

 

 14世紀のパクスモンゴリカと21世紀のパクスチャイナの共通点を考察する。ペスト(黒死病)の発生源は中国の浙江流域で、1334年で500万人の死者が疫病で亡くなったと漢書で記されていて、イタリア(ベネチア)でのペストが広まったのは12年後で、疫病が広まると終息するまでの期間がいかに長いものであるかがわかる。当時のモンゴル帝国が世界覇権で唸っていた頃だが、それをパクス・モンゴリカ「モンゴルの平和」と歴史上ではうたわれている。21世紀の現代ではパクス・アメリカーナの時代が長期に及んで世界を牽引していたが、中国の台頭に迫られ、700年前の元王朝を意識してか、習近平皇帝(?)は一帯一路構想で第二のパクス・モンゴリカならぬパクスチャイナの思惑を絡めているなかで、新型コロナウイルスパンデミックスが起こっている。フェイクニュースで中国側が意図的にウイルスをまき散らしたとか、細菌兵器の開発中の何かが市中に漏れてしまったとか言われているが、実際のところ、中国側が情報を表に出さないので真実はわからない。意図的にまき散らしても一番困るのは当事者で、国家の存亡にもかかわってくるから、政治学的には常識ではあり得ない。

 IOCは五輪の絶対的な権限を持っているが、新型ウイルスだろうが戦争だろうが、安倍首相は大会の中止や延期の主張を我慢してするべきではなかったと思っている。なぜなら五輪主催者のIOCが誘致開催都市が白旗をあげたら、意に沿う形で譲歩はするだろうが、実際この時点で費用負担はIOCからはなくなってしまう。なぜならIOC自らが東京都に延期や中止を打診していないからだ。今後、負担経費などでは、IOC側とは大もめになるだろうが、費用は自ら延期を言い出した日本であることは免れない。案の定、バッハ会長は延期に伴う費用は日本の納税者だという。IOCの腹は保険の補填で五輪の延期や中止でもちっとも痛まないシステムになっているのだ。五輪の放映権を2032年まで独占している米国のテレビ局も保険でちっとも腹が痛まない。つまり安倍首相は交渉での力関係や心理戦にはどうも疎いらしいということになる。日本政府は国民や国家の安全や発展を願うのだったら、批判は浴びつつも最後まで通常の開催まで形だけでも、ベストを尽くすパフォーマンスをすべきだった。各国首脳はいま五輪どころではないし、自国の新型ウイルス退治に躍起になっているなか、日本も五輪は大事ではあるけれども、人の命を優先に事を構え行動していくのが為政者として理にかなってはいるというのが大方の国民の気持ちだと思う。専門家の間では新型ウイルスの終息には一年半から二年はかかるといわれているし、延期は2021年ではなく、おそらく2022年となる可能性は高い。2022年では北京冬季五輪と夏期五輪(2020東京五輪という名称かは不明)の同時開催があるかもしれない。